神威1-1
□
ユーグ王国、王城にて。
国王エティエンヌは、執務室に入室してくる長い黒髪の若者へ声をかける。
「体はもうよいのか?」
「お気遣い痛み入ります、父上」
国王の執務室に姿を現したのは、第二王子クロワ・サンス・ド・シャルティエであった。
彼は松葉杖をついていたが、国務への復帰を果たせるほどに回復した。
クロワは父の執務机に並べられた書類に目を落とす。
「北部復興の
「ああ。北部都市復興と同時に、軍事根拠地としての機能を上乗せする案だ」
「対・神魔国のため、ですね」
他にも国内の主要都市の防備を固める起案が続発しており、王は頭をかかえていた。
「我が国の予算をこれほど圧迫するとは」
「しかし、やらなければ北部都市の二の舞です」
わかっていると言いつつ、エティエンヌは小休憩を取るべく立ち上がり窓のそばへ。
夏の陽気な光が内庭を満たし、黄金の王樹を輝かしていた。
王はぽつりと言い放つ。
「今頃はどこにいるのだろうな……あのバカとサージュは」
バカと表現されたものについて、クロワはどう言語化することもできない。
「時にクロワよ。おまえを、次期王太子に指名しては、と元老院は申し出ておるが」
「兄上は戻ってきます」
第二王子は即答した。
「王太子の座は兄上のもの。私にはふさわしくありません」
「だが、奴が行方をくらませて一ヶ月だ」
「兄上は必ず戻ってきます────ガブリエール嬢と共に」
□
ガブリエールは、敵城の中庭にいた。
美しく手入れされた花々と草木に囲まれつつ、頭上を仰ぎ見る。
外が漆黒の闇と雪に覆われた城だとは思えないほどの、快晴の空。小鳥のさえずりまで聞こえてくる。
「…………」
ガブリエールはここへ来ると、無性に屋敷へ帰りたくなる。
庭や畑の手入れは──青薔薇の生育状況は──王太子殿下は、自分を待っていてくれているだろうか。
(いや、待ってくれない方がいい)
気にかかることばかりが増えていく。
すべてを知ったガブリエールは、何もできぬまま捕らわれ続ける自分の状況を、
と、そこへ、もはや聞きなれた声が呼びかけてくる。
「ガブリエール様」
振り向くと、中庭にまで護衛兼監視として同道してきた悪魔騎士の横に、まったく謎に包まれた純白の存在が、一人。
『おはようございます、ガブリエールさん』
「……おはようございます」
名も知らぬ魔族の神は、純白のヴェールの内から、にこやかな挨拶を交わす。
『中庭はお気に召しましたか?』
「ええ……はい……」
『そんな暗い顔をなさらずに。大丈夫です、まだどの国も
「……そう、ですか」
それを喜ぶ気など、ガブリエールには毛頭なかった。
今はその時機ではないと語る“神”なる存在に、銀髪の令嬢は何か言ってやろうとして、結局は口を閉ざし続ける。
国に帰してくれと
人類根絶などやめてくれと言っても無意味。
何故ならガブリエールは──
『おや?』
どうかしたのか、神たる者が疑念の色を声に
しかし、すぐさま機嫌よい声色に塗り替えられた。
『これはこれは……ふふふ』
ガブリエールに代わって、火の悪魔・フゥが疑問を投げかける。
「いかがされましたか、我が神」
神と呼ばれる存在は、フゥを振り返り、ついでガブリエールに向けて話しかける。
『珍しいことに。御客人が北方山脈を越えてきました』
「御客人? それはいったい?」
悪魔の再疑問に、神は意気揚々と答える。
『勇ましいことに──ユーグ王国の王太子殿下です』
ガブリエールは
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