謁見2-3
□
謁見は一時間に及んだ。
握手以降、王との会談をつつがなく完了させた令嬢は、来る時と同じように近衛の案内のもと、王城を辞する──直前であった。
「ガブリエール殿!」
王との謁見を終えた令嬢の耳に、彼の声はよく響いた。
「エミール、殿下?」
馬車に乗る間際、軟禁状態を解かれたエミールが、常にはない急ぎ足で城の内庭に駆けこんできた。
そうして、お辞儀する令嬢の身を一心に案ずる。
王太子は己の罪を謝した。
「すまない、ガブリエール殿。こんな急に、王が君を召喚することになるなど」
「王太子殿下、気を遣っていただき、誠にありがとうございます」
エミールは、ガブリエールの落ち着き払った様子に、些少ながら疑問を懐いた。
令嬢は、彼から贈られてきたメモ用紙を、大切な宝物のように見せてくれる。
「殿下からの手紙のおかげで、私は常の調子で、いえ、それ以上のありさまで、国王陛下との謁見がかないました」
「そ、それでは?」
ガブリエールが静かに頷く姿を見て、エミールは膝から崩れそうになるのを、ぐっとこらえる。
「そうか……よかった……本当に」
安堵の吐息をついて両膝を抑えかけるエミール。
しかし、王城内とはいえ、王族として立ち振る舞わねばならない義務感が、彼の背筋を支えさせた。
ガブリエールは王との謁見の結果を言葉にしてみせる。
「国王陛下は、私を殿下の婚約者として、お認めになってくれました」
「そう、か……よかったぁ……っ」
エミールは、つい目頭が熱くなりかける己を自覚した。しかし、涙を流すなど、感情的な様子は隠さねばならない。それが王族の責務であった。
ガブリエールの肩を抱いて、無邪気に抱擁することも
それでも、エミールは万感の思いを込めて、令嬢の両手を握った。
「よく──、よく認めていただけたものだ」
「殿下の手紙と、亡き祖父母の教育の賜物かと」
「そうだな。ガブリエール殿の祖父母にも、感謝を」
両手を握り合う二人は微笑みを交わし合い、最後に小声で言い交わす。
「……これで、殿下と私は共犯者です」
「……そうだな。──共犯だ」
余人が聞けば剣呑に過ぎる言葉ではあったが、内庭の中心で囁き合う二人を遠巻きに見る従卒や御者、女中などがいるばかりで、無用な心配であった。
まるで本物の恋人のように
二人は、共有の秘密を互いの胸にある宝箱にしまいながら、名残惜しくも今日は別れた。
□
「いやはや、堅物魔王のあいつをたぶらかすのは、どんな毒婦か妖婦かと思えば──おもしろい娘だったな」
城内の窓から内庭を見下ろすエティエンヌ国王は、傍近くに控える少年執事サージュに、語って聞かせる。
「この国王を相手に、どうハッタリをかますかと思っていたが、まさかあれほど本気だとは」
ガブリエールの、謁見時の一挙一動を思い出す国王。
最初こそ不安と緊張の色を帯びていたそれが、王太子の真意を疑う言を聞いた瞬間、ガラリと変わった。
灰をかぶったような銀髪に生気がみなぎり、王である自分が
そして、王子への侮辱的な発言をする国王を
純粋な
「十も離れた娘を婚約者に選ぶなど、正気ではないと思っていたがなぁ、サージュよ」
「──はっ」
「“どちら”も本気である以上は、認めざるを得んだろうて」
「はっ、ご賢察の通り……ですが」
「うむ。まだ、すべての障害と障壁を取り払えたわけではない」
特に帝国──先の戦で講和状態にまでもっていった王太子エミールが、どこぞの貧家の御令嬢を
エミールとの関係を築き、それをもって国交の有利を狙っていた周辺諸国は、すでに大騒ぎの真っ最中だ。
これで、王が正式に、二人の婚約内定書を受理すれば、どうなるか……はてさて。
「がんばっておくれ、
初老の王は、馬車に乗り込むガブリエールを見送るエミールを遠くに眺めながら、二人の関係が末永いものであるように祈った。
王暦987年の四月下旬、
□
さらに、王城の別の窓から、別れる二人を見下ろす人物があった。
長い黒髪と陰湿な瞳。漆黒のケープを纏う姿が特徴的な第二王子、クロワ・サンス・ド・シャルティエである。
「あれが我が兄上殿の婚約者、か……ふふ、ふふふふふ──」
第二王子は冷徹に、値踏みするような微苦笑を浮かべ、幸福そうな二人に対し、背を向けて歩き出した。
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