謁見2-3






 □






 謁見は一時間に及んだ。

 握手以降、王との会談をつつがなく完了させた令嬢は、来る時と同じように近衛の案内のもと、王城を辞する──直前であった。


「ガブリエール殿!」


 王との謁見を終えた令嬢の耳に、彼の声はよく響いた。


「エミール、殿下?」


 馬車に乗る間際、軟禁状態を解かれたエミールが、常にはない急ぎ足で城の内庭に駆けこんできた。

 そうして、お辞儀する令嬢の身を一心に案ずる。

 王太子は己の罪を謝した。


「すまない、ガブリエール殿。こんな急に、王が君を召喚することになるなど」

「王太子殿下、気を遣っていただき、誠にありがとうございます」


 エミールは、ガブリエールの落ち着き払った様子に、些少ながら疑問を懐いた。

 令嬢は、彼から贈られてきたメモ用紙を、大切な宝物のように見せてくれる。


「殿下からの手紙のおかげで、私は常の調子で、いえ、それ以上のありさまで、国王陛下との謁見がかないました」

「そ、それでは?」


 ガブリエールが静かに頷く姿を見て、エミールは膝から崩れそうになるのを、ぐっとこらえる。


「そうか……よかった……本当に」


 安堵の吐息をついて両膝を抑えかけるエミール。

 しかし、王城内とはいえ、王族として立ち振る舞わねばならない義務感が、彼の背筋を支えさせた。

 ガブリエールは王との謁見の結果を言葉にしてみせる。


「国王陛下は、私を殿下の婚約者として、お認めになってくれました」

「そう、か……よかったぁ……っ」


 エミールは、つい目頭が熱くなりかける己を自覚した。しかし、涙を流すなど、感情的な様子は隠さねばならない。それが王族の責務であった。

 ガブリエールの肩を抱いて、無邪気に抱擁することもはばかられた。なにせ相手は齢十五の令嬢。成人年齢にも達していない。

 それでも、エミールは万感の思いを込めて、令嬢の両手を握った。


「よく──、よく認めていただけたものだ」

「殿下の手紙と、亡き祖父母の教育の賜物かと」

「そうだな。ガブリエール殿の祖父母にも、感謝を」


 両手を握り合う二人は微笑みを交わし合い、最後に小声で言い交わす。


「……これで、殿下と私は共犯者です」

「……そうだな。──共犯だ」


 余人が聞けば剣呑に過ぎる言葉ではあったが、内庭の中心で囁き合う二人を遠巻きに見る従卒や御者、女中などがいるばかりで、無用な心配であった。

 まるで本物の恋人のように睦言むつごとを交わし合ったかのような笑みを、王太子と令嬢は同時に浮かべる。

 二人は、共有の秘密を互いの胸にある宝箱にしまいながら、名残惜しくも今日は別れた。






 □





「いやはや、堅物魔王のあいつをたぶらかすのは、どんな毒婦か妖婦かと思えば──おもしろい娘だったな」


 城内の窓から内庭を見下ろすエティエンヌ国王は、傍近くに控える少年執事サージュに、語って聞かせる。


「この国王を相手に、どうハッタリをかますかと思っていたが、まさかあれほど本気だとは」


 ガブリエールの、謁見時の一挙一動を思い出す国王。

 最初こそ不安と緊張の色を帯びていたそれが、王太子の真意を疑う言を聞いた瞬間、ガラリと変わった。

 灰をかぶったような銀髪に生気がみなぎり、王である自分が気圧けおされかけるほどの雰囲気をまとった。

 そして、王子への侮辱的な発言をする国王をいさめる度量と勇気。

 純粋な讃嘆さんたんに値する。


「十も離れた娘を婚約者に選ぶなど、正気ではないと思っていたがなぁ、サージュよ」

「──はっ」

「“どちら”も本気である以上は、認めざるを得んだろうて」

「はっ、ご賢察の通り……ですが」

「うむ。まだ、すべての障害と障壁を取り払えたわけではない」


 特に帝国──先の戦で講和状態にまでもっていった王太子エミールが、どこぞの貧家の御令嬢をめとるなどと聞けば、果たしてどうなるか。

 エミールとの関係を築き、それをもって国交の有利を狙っていた周辺諸国は、すでに大騒ぎの真っ最中だ。

 これで、王が正式に、二人の婚約内定書を受理すれば、どうなるか……はてさて。


「がんばっておくれ、若人わこうどたちよ」


 初老の王は、馬車に乗り込むガブリエールを見送るエミールを遠くに眺めながら、二人の関係が末永いものであるように祈った。






 王暦987年の四月下旬、王太子ドーファンエミールは、婚約者を正式に定めた。






 □






 さらに、王城の別の窓から、別れる二人を見下ろす人物があった。

 長い黒髪と陰湿な瞳。漆黒のケープを纏う姿が特徴的な第二王子、クロワ・サンス・ド・シャルティエである。


「あれが我が兄上殿の婚約者、か……ふふ、ふふふふふ──」


 第二王子は冷徹に、値踏みするような微苦笑を浮かべ、幸福そうな二人に対し、背を向けて歩き出した。






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