謁見1-3






 □






「君が、我が息子──王太子たるエミールと婚約したことについて、だよ」


 ガブリエールは「ついに」と思った。

 聞かれるだろうと思っていた。

 聞かれるはずとわかっていた。

 だからこそ、ガブリエールは冷静に深呼吸をひとつ、さりげなく行う。

 十五歳の令嬢は国王に答えた。


「はい、確かに。私は殿下と、エミール王太子殿下と、婚約させていただきました」

「ふむ。そうか」


 王は顎を押さえつつ、ガブリエールを見た。

 偽装の件は死んでも言えないなと確信できる瞳の色だった。

 だが果たして、ごまかしきれるものだろうか。ごまかしきってよい相手なのか。

 相手は国王。

 この国の最高位権力者。

 目の前の人物を騙すということは、国を騙すことに等しい。

 思った瞬間、自分が大それたことをしていると、自覚した。自覚できた。

 恐慌きょうこう怖気おぞけが、足元から這い上がってくる。

 ──でも。


「それは本当に、両人の合意の上でのこと、なのだな?」

「と、おっしゃられますと?」

「たとえば。我が息子・王太子めが脅迫まがいに君と婚約関係にあると“偽装”するよう命じられたとか?」


 鋭い方だ、と令嬢は心の奥底の方で思った。


「そこのところをはっきりさせておこうではないか──ガブリエール・ド・モルターニュ嬢」

「国王陛下」


 ガブリエールは一呼吸の間を置く。そして、


「それは、王太子殿下を軽んじ、あなどる発言ではないでしょうか?」


 自分でも驚くほど冷静に、言葉を連ね始めた。


「殿下は明哲な方です。さらに、帝国との戦争を終わらせる武断。周辺諸国に知れ渡る才覚。そのような方の御意思を、あろうことか偽装の婚約などと」

「──違うと申すか?」

「ええ。断じて違います!」


 少しばかり声量が大きくなりかけるのを、ガブリエールは抑えるのに努めた。

 令嬢は言上げんじょうを続ける。


「エミール殿下は、本当に優しい御方です。私などにはもったいないほどに」

「それでは。君は……十も年の離れた、我が息子を?」

「ええ、愛しております」


 頬に朱色が差し込みそうになるのをぐっとこらえる。

 それでも、ガブリエールは事実を口にしていた。

 あの夜の舞踏会──端の壁で彫像のようになっていた令嬢を見初め、ダンスに誘ってくれた。そのさなかに手指の傷に気づく鋭敏さ。そんな状況を憂い、メイドを遣わし、治癒の塗薬を贈ってくれる優しさ。

 そして、左手で探るように握った、一枚の紙片。

 すべてが、ガブリエールの心をつかんで離さない事実である。


わたくし、ガブリエール・ド・モルターニュは、エミール王太子殿下を、心の奥深くより慕っております」

「むぅ……」


 顎髭あごひげをひとなでしつつ、令嬢の奏上する内容に唸るしかない国王。

 ガブリエールは紅茶の中身を干して、自分の真実を語りだす。


「私は、誰にも愛されないと思っておりました。愛されるわけがないと……ですが、こんな私を、殿下は選んでくれたのです!」


 たとえ偽りの関係だとしても──

 父母を亡くし、祖父母を喪い、自分を救ってくれるものなどいないとばかり思いこんでいた。けれど、そうじゃないかもしれないと思わせてくれた男の存在は、彼女の心の中で大勢を占めるまでになっていた。

 ──はじめて愛されたいと思った。

 ──この方の愛が欲しいと。

 無論、そんなことなど望むべくもないことは分かっている。承知している。熟慮できている。

 それでも、ガブリエールは想わずにはいられないのだ。

 エミール・ガニアン・ド・シャルティエ王太子殿下を。


「ほかに何か、お聞きしたいことはございますか? 国王陛下」

「──、いや」


 国王もまた紅茶の中身を干して、壁際に控えるメイドに二人分のおかわりを用意させた。


「疑ったりしてすまなかった、ガブリエール嬢。我が息子にはもったいないほど、君は良い親王妃になれるだろう」


 親王妃。

 その言葉の持つ意味を、令嬢は理解した。

 ガブリエールは認められたのだ。

 ユーグ王国国王──エティエンヌ・ロワ・ド・シャルティエに。

 エミール王太子の父君に。


「だが、本格的な婚姻については、一年後、君が成人するまで待たねばならぬ。そのことについては」

「はい。承知しております」


「結構」と言って、国王は席を立ってガブリエールのもとに歩み寄る。ガブリエールも応じるように席を立った。

 そして、


「うちのバカ息子を、どうかよろしく、お願いする」


 差し出されたのは握手を求める国王の右手。

 ガブリエールは祖父母に習った通り、うやうやしく頭と腰をさげながら、その手を取った。






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