儀式2-2







 □





 大陸は、災禍の真っ只中にあった。

 天をむしばむ漆黒の球体。そこから吐き出される異様な威光オーラ


「皇女殿下、退避を! 皇女殿下!」


 帝国第一皇女、マリィ・ピオニエ・ランブランは決断を迫られた。

 目の前で亡くなった皇帝である父──その代わり手として民を、臣下を指揮できるものは、彼女以外ありえなかった。

 第一皇女は涙を拭う暇も惜しんで指示を下す。


「帝城は放棄します! 衛兵隊、民を離宮へ避難させるのです! 早く!」


 そうして指揮を執る間にも、魔族へと変転を余儀なくされる同胞は次々と湧き起こった。

 まるでそれは厄災のように、疫病のように、帝国全土を覆いつつあった。


 一方で、


「撃て撃て撃て!」

「下は地獄です!」

「撃っても撃っても出てくるぞ!」


 ルリジオン教国が誇る航空部隊は、ヘリコプターの上から機銃掃射を敢行していた。

 しかし、そんな彼らもドラゴンの強襲を受け、あえなく撃沈されていく。爆音と轟音が大気を響かせ、新たな犠牲者が魔族へと変転を遂げる……

 帝国と同様の地獄絵図を描く教国は、シェルターとなる聖堂に立てこもり、姫巫女──ランドルミーが避難民一人一人に祈りの言葉をかけていた。


 一方で、


「親衛隊、三分の一がやられました!」

「国民の避難を最優先になさい! 私の張った結果以内であれば、とりあえず魔族化現象を抑えられる!」


 豪語する魔女の国の女王であったが、それは畢竟、彼女自身の魔力に過大な負担を強いることを意味していた。

 民を避難させる親衛隊一人ひとりにも同種の結界魔法を展開し庇護しなければ、魔族へと変転させてしまう。

 しかし、それが限界でもあった。

 魔女の女王をもってしても、抗いきれぬ量の魔族が、城に攻め寄せようとしていた。


 ヒトの世界は確実に、滅びの道を歩み始めた。






 □






『我が魔法使いをよくぞ打ち倒しましたね。ユーグ王国王太子──エミール・ガニアン・ド・シャルティエ』


 最大限の讃辞を尽くす神たる存在は、しかし、絶望的な事実を口にする。


『しかしもはや、我が儀式は完遂されたも同然。あなたの国ユーグも、ソヴァ―ル帝国も、ルリジオン教国も、魔女の国も、エルフの公国も、ドワーフの評議国も、すべてが我が手中に収まりつつある』


 人を魔に変える能力ちからによって、各地の人種ひとしゅは混乱と混沌を極めていた。

 愛すべきものを愛されざるモノへ。

 それが、神の下した裁定であった。


『信じられませんか? では、お見せしましょう──』


 神は優雅な所作で手指を振るった。

 たったそれだけで、炎上する王城と王樹を──その中で果敢にも立ち向かう王や第三王子を空間に映し出す。

 場面が移り変わり、帝国での惨状が映し出される。第一皇女マリィが、必死に臣民の避難作業に追われていた。

 そして、ルリジオン教国では聖堂に立てこもった姫巫女ランドルミーが祈りを捧げ、魔女の国では女王たちが防戦一方を強いられている。エルフやドワーフの国も、似たような状況にあることを雄弁に物語っていた。


『さぁ。どうなさるのです? 聖剣を担う王太子殿下』


 エミールは手元のヴァンピールを眺め見る。頭の中で、サージュの言っていたことが何度も反芻はんすうされる。

 ──「その宝剣『ヴァンピール』、いえ『□□□□』の力であれば、あるいは、」──


『さぁ、どうするのです?』


 刹那、エミールは神たる存在に斬りかかった。

 しかし、


『無駄ですよ』


 剣は素通りしていた。

 斬撃も刺突も、神の婚礼衣装には傷ひとつ付けられなかった。まるで幽鬼でも相手にしているかのごとく手ごたえがないのだ。

 神は宣言する。


『その剣が聖剣であるかぎり、私という神を傷つけることは叶わない。ご理解できますね?』

「くっ!」


 何度目かの斬撃が空振りに終わった。

 勢いあまって無様に倒れ込むエミール。

 そのとき、ふとサージュの言葉が頭に浮かぶ。

 幼少期の頃、稽古をtけてもらった時のことだ。


 ──目に見えるものばかりを追って、真実を見失うな──


 サージュの教えが脳裏に響いた。

 エミールは、ひとつ決意する。

 そんな彼の姿に、神は小首をかしげてみせた。


『もう無駄だと、さとりましたか?』

「いいや…………」


 あいにくと、エミールは諦めの悪い王太子であった。

 しかしそれでも、事実を認めないわけにはいかない。

 疲労の色の濃い声で答える。


「アンタを、斬ることは、どうやら俺には、不可能だ」

『その通りです』

「でも、斬れるものは、確実に、ある」


 エミールは祭壇の上の少女を見つめた。


『ああ……あなたは気づかれたのですね?』


 神の言葉には答えず、彼はガブリエールの姿を凝視する。

 いまや儀式の「鍵」として、“愛されない者”たちを増産しているモノ。

 そうして、神の奸計によって、自分が愛してしまった十五歳の少女──銀髪を祭壇の上にさらしたガブリエールの頬に触れる。

 四人の魔族長が動こうとするが、神がそれを押しとどめる。

 エミールは銀髪の令嬢に微笑みかけた。



「大丈夫だよ、ガブリエール」



 目を瞑り続ける愛しい存在に対し、王太子は宝剣の柄をしっかり握る。



「俺は君を、けっして傷つけたりしない」



 エミールは剣を構え直した。

 そして次の瞬間、神すらもが息をのむ光景が広がった。

 エミール王太子は、自分自身の身体に刃を向け、躊躇なく宝剣の刃で自分自身を──心臓を貫いた。


 同時に。


 神サンドリヨンは赤い血を吐き出しながら、その場に倒れ伏した。









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