真意1-1







 □






 王太子エミールが自刃した瞬間、神の計画は破綻した。


「え?」


 すべての魔族が硬直を余儀なくされ、大陸中の人間が呆気にとられた。


 そして……






 □






「「「「 我が主ッ!! 」」」」


 急転直下の状況に、四人の魔族長は天使の姿に変転して神の周囲を取り囲んだ。

 ウリエルが真っ先に助け起こすと、サンドリヨンは王太子に対し天晴あっぱれと言いたげな血染めの微笑みを浮かべた。


『や、はり、気づいたのですね──自分もまた、私の計画の「鍵」であることに』

「ごふっ、っ──気づけたのは、ついさっき、だったがな」


 自分の心臓に感じる冷たくも熱い鋼の感触を、エミールは即座に引き抜いた。

 赤い血潮がまるで滝のように、王太子の胸を濡らす。

 エミールは崩れるように膝を屈した。


「あんたの儀式──ガブリエールが「鍵」であると同時に、俺もまた「鍵」となっていた……あんたの神薬とやらによって、ガブリエールを想う人間おれがいることが、この計画の基底にあった」


 耐えがたい苦痛と息苦しさを感じつつも、答え合わせを試みるエミール。

 神は『ええ』と頷いて、王太子の推測を賞嘆する。


『よくぞ、気づくことが出来ましたね。人を人ならざる者──魔へと変える「神威」、それにはあなたたち二人・・の存在が必要不可欠だった。「人に愛されない者」を「愛する者」──その想いの結びつきこそが、人と魔を結びつける──ヒトを魔族へと変える、たったひとつの「鍵」だった』


 だが、それを王太子の握る剣が打ち消した。

『ヴァンピール』──〈吸血鬼〉──またの名を『□□□□』と渾名あだなされ、長いこと真名をうしなってきた“聖剣”によって、「鍵」の一方は完全に破壊され、その反動でサンドリヨンも……。


『ふ、ふふふ。やはり、あの方の血筋なだけはありますね』

「……っ、ッ……あの方?」

『いえ。こちらの、話です』


 ウリエルに助け起こされる神は、最後の力を振り絞るように、己の足で立ち上がる。

 まだ何かする気かと、自刃した際の血で濡れたままの剣を構えようとするが、手指に力が入らない。


「ガブリエールを解放しろ、さもないと」

『その必要はありません……すでに、我が計画は頓挫とんざした──あなたにかけられた神薬の効果が切れた以上、もはや私の計画は、第二プランに移行せざるを得なくなった』

「──第二プラン?」


 その内容を語る前に、神は膝を屈した。大量の吐血が見て取れる。エミールは這うようにしてガブリエールの捧げられた祭壇へ。

 神は「神威」を告げ直した。


『我、ここにせんす。我、ここにのぞむ』


 四人の天使に支えられながら、神サンドリヨンは途切れ途切れに告げる。


『────共存──未来を。────協和──世界を。…………彼と彼女に、祝福を』


 そうして、サンドリヨンは白い衣装を血で染め尽くして倒れた。

 その後には、灰のようなものが撒き散らされる。

 天使たちはそのさまを見下ろしながら、嘆きの底にいた、


「令嬢を連れていかれよ、人の王太子」


 すすりり泣きわめき鳴く天使たちの中で、ウリエルという天使が、ガブリエールを瀕死のエミールに託した。


「もはや我等にとっては意味のない者──連れていかなければ、この城の崩壊に巻き込まれるぞ」


 灰をかぶったような銀髪の令嬢を抱いて、エミールは剣を置き捨て、来た道を戻り始める。

 城が、城全体が、地響きをあげて崩壊を始めた。

 振り返ったエミールは、主君を失った天使たちに、何も言ってやれることがなかった。







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