真意2-1
□
『お別れです、ガブリエールさん』
神の心象風景の中で、ガブリエールはそう申し渡された。
「そう、ですか」としか答えられないガブリエールに対し、サンドリヨンは微笑みを深める。
『あなたが気にすることはないわ。むしろ、私の計画に巻き込んでしまって、本当にごめんなさい』
神の姿が、灰のごとく
草原の風景も白い虫食い穴が目立ち、すべてが灰の中に消え去ろうとしている。
『どうか王太子殿下にもよろしくお伝えください。こんなこと言えた義理ではないけれど、せめて貴女たちの幸せを、心から祈っております』
神サンドリヨンは光輝の中に姿を消した。
すべてが純白に染まる世界の中で、ガブリエールはほどなく意識を手放した。
□
崩壊し始める神の城の中を、エミールはガブリエールを両腕にかかえ、必死に前へ進む。
自刃した心臓が今にも止まりそうになるのを抑え込むが、それにも限界はあった。
エミール王太子は、銀髪の令嬢を抱えながらその場に
「……まだ……まだ」
力のこもらない両脚と両腕を叱咤し、彼は前へと進む。
玉座の間を通り抜け、長い階段をくだっていく。
意識が朦朧として、両腕に抱く令嬢の体重すら支えきれなくなる。
ついに、エミールは一歩も前に進めなくなった。
不思議な感慨であった。神薬による愛情を失っても、エミールは己に腕に抱く少女のぬくもりを手放すことができなかった。
「ガブリエール……」
そっと頬を撫でると、かすかな吐息がこぼれた。銀髪の令嬢は目を覚まさない。せめて、彼女だけでも逃げ切って欲しいという王太子の望みは、果たせそうにない。
ふと思い出したように、エミールはポケットの内側を探る。
そこにあった小箱を開くと、二人分の指輪が一揃えあった。
大きい方を自分の薬指にはめ、小さい方をガブリエールの薬指に。二人の婚約指輪だった。
「ガブリエール。覚えているか? あの舞踏会で踊った日のことを」
エミールは腕の中の令嬢にそっと語り掛けた。
「ここを無事に脱出できたら、また一緒にダンスを踊ろう」
失血で目がくらみつつ、エミールは自らの夢を語り聞かせる。
そして心の限り詠嘆する。
「ああ、美しかったなぁ……俺の腕の中で踊る、君のダンスは」
否。
それだけではない。
「はじめて、屋敷を訪れた時も……はじめて、庭を案内してくれた時も……」
ガブリエールは変わらず美しかった。
神の薬など関係なく、彼女という存在は、エミールにとって、何もかもがはじめての経験となった。
「君は、思っていた以上に内気で。思っていた以上に卑屈で。思っていた以上に孤独で……」
ああ違う。そういうことを言いたいんじゃない。
「思っていた以上に魅力的で……思っていた以上に優しくて……」
自分の心臓の音が、弱っていくのを肌身に感じる。
それでも、エミールはガブリエールのことを想う。
「ガブリエール。俺は、君を、──────」
零れる声は柱の罅割れる音にかき消えた。
地響きと共に、階段が割れて崩れ始める。
玄関ホールまで、あと少しだというのに。
絶望感が出血と共に外気へと零れだす中。
「────殿下」
エミールは顔を上げた。
血に染まる自分の胸の中で、ガブリエールが腕を伸ばしてくる。
目を覚ましたガブリエールは、真っ先に城から脱出しようとはせず、エミールの言葉を催促するように、王太子の頬にそっと手を添える。
「ガブリエール?」
「殿下──お願いです──もう一度、言っていただけけますか?」
灰をかぶった令嬢の両頬を涙が伝う。
「ああ……ああ!」
王太子は小さな手を掴んだ。
婚約指輪の輝く左手を二人は絡め合う。
何度だって言ってやろう──そう決意する王太子の意識は、そこで閉ざされた。
二人の姿は、崩れ去る階段の粉塵の中に消え去った──
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