真意1-2
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……
…………
すべてが遠いことのように思えた。
長い夢の中にいるような気がした。
意識の奥深い場所で、愛しいぬくもりに、笑顔に手を伸ばす。
エミールは、その手の感触と共にダンスを踊りかけ、はっと気づく。
「──!」
エミールは自分が王城の寝台の上で眠っていることを確認した。
自室の中には誰もいない。王太子は真っ先に、自分の胸元をあらためる。
そして気づく。
「傷が、ない」
確かに、エミールは自刃した。それによって神の薬の効果を──「鍵」としての役目を完全に破壊した。
と、その時。部屋をノックする音が響く。
「失礼いたしま…………!」
しばらくしてやってきた人物は、エミールがよく知る弟の顔だった。
「兄上! お目覚めになったのですね!」
「クロワ」
「本当に心配いたしましたよ、父上とルトロも、まもなくやってくることでしょう」
「クロワ──なにが起きた? 王城は燃えたんじゃないのか?」
「? 何を言っているのです?」
第二王子は本心から疑問を呈していた。
「神魔国の、神の「神威」によって各地に魔族の被害が出たはずだ!」
「しんまこく? かみのしんい? 被害? 言っていることがよくわかりませんが──」
「よぉ、目が覚めたんだってな?」
その人物の登場に、エミールは背筋が凍りかけた。
「ジョルジュ! おまえ、その体は!」
青白い半透明の肉体──間違いなく魔族の一種──〈
「その体は? おいおい、俺は元から〈幽霊〉の身体だぞ? 忘れたのか?」
本気で心配そうに覗き込む従弟に対し、第二王子は何の警戒心も懐いていない。
そのあとにやってきた侍医や従者も同様の反応であった。
どうやらエミールは、数ヶ月間も意識不明であったこと、その原因は謎であったことが知れた。
いったいこれはどういうことなのか、エミールは必死に考えるが、明確な答えはない。
とりあえず一人で考える時間を欲した王太子の権限で、全員を外に半ば追い出す。
「いったい、これは」
「我が神の最後の「神威」──第二プランですよ」
「……………………サージュ、なのか?」
いつの間にやら、全員が退席したはずのエミールの私室に、懐かしさすら感じる少年執事が鎮座していた。
「おまえ、生きていたのか」
「いいえ。完全に死ねましたよ、どこかの王太子殿下のおかげで」
軽口を叩く姿はまさしくエミールの知る少年執事であった。
「殿下は覚えておいでですか? 我が神が紡いだ最期の言葉を」
「確か、共存とか、協和とか?」
「より正確には『人と魔の共存する未来を。人と魔が協和する世界を』です」
その「神威」によって、世界は人と魔が融和した姿に再構築された。
リッシュ公爵が〈幽霊〉となっているのに、それを疑問に思うものがいないのが好例だとサージュは告げる。
「今では人種と魔族が手を取り合って生きております。両者の間に壁を感じるものは、すでにおりません」
「そんなことが可能なら、最初からそうしてくれればよかったんじゃ」
「我が神の権能に反することだったからですよ。ですが、殿下が見事に「鍵」を壊され、第二プランに移行せざるを得なくなった」
それだけ言うと、サージュは席を立った。
「もう、行くのか? せめて親父たちに」
「いいえ、殿下。再構築されたこの世界に、私という存在は加えられていない……わかりますね?」
エミールは直感的に、彼との別れを承知する。
「我が神のもとに戻らねばなりません──それに」
「それに?」
「殿下にはもう、お目付け役など不要でしょう?」
来たときと同じく、瞬きの間にサージュの存在が、エミールの部屋から消え去った。
ちょうど同じタイミングで、父が──国王が面会を求めていると告げる声が室内に届く。
エミールは入室を許可するしかなかった。
「──エミール、ッ」
感極まった表情と声音の父に、エミールは粛然と答えた。
「ご心配をおかけしました、父上」
「まったくだ、このバカ者が……よくぞ目覚めてくれた!」
「父上、お聞きしたいことがひとつ……」
エミールは、自分の左手薬指を、そこにはめ込まれた指輪を眺めた。
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