真意2-2
□
愛されない存在だと思っていた。自分という人間は。
自分などが、人に愛されることはないのだと、そう思い知らされながら生きてきた。
けれど、違った。
崩壊する神の城で、彼は確かに、彼の偽らざる真意を告げてくれた。
──「ガブリエール。俺は、君を、──────」
あのとき、初めてのことが起こった。
愛されていることを知った。
愛してくれることを知った。
だから、私は……
□
あれから数ヶ月。
収穫の秋を越え、白雪がちらつく冬の季節。
応接間の暖炉の前で、茶会を開く四人の女性の姿が。
皆、それぞれ王国での会合や会談を終え、もはやなじみ深い令嬢の屋敷に集まってきたのだ。
「いやー、ここは落ち着くわね。別荘というか、実家みたいな感じ」
「恐縮です、マリィ皇女殿下」
黄金の髪をなびかせる第一皇女に、ガブリエールは会釈を落とす。
「いつもいつもお邪魔してしまってごめんなさい、ガブリエール様」
「もったいないお言葉です、姫巫女様」
エメラルドの髪の姫巫女に、ガブリエールはもう一度会釈する。
「私の魔法の青薔薇も随分と世話が行き届いているわね。感心感心♪」
「ありがとうございます、ソルシエール女王陛下」
亜麻色の髪の女王に、ガブリエールは三度目の会釈で応じる。
「それにしても、すっかり一人前の
自由奔放な魔女の女王から総評され、かしこまるガブリエール。
「城の行儀見習いも完璧だったんでしょ? 第二王子様から見ても満点だったらしいじゃない?」
「いえ、そんな。まだまだです」
「あとは、あの方がいつ目覚めるのか、ですね」
「……はい」
そう言って、ガブリエールはいつ贈られたのかはっきりとは思い出せない、左手の婚約指輪に視線を落とす。
少しばかり場の空気がしんみりしかけた時だった。
「失礼しますお嬢様!」
「ジュリエットさん?」
ガブリエールに仕えるメイドの一人が応接間に飛び込んできた。
「し、城から通信が!」
「王城から、ですか?」
その一報は、ガブリエールが心待ちにしていたものであった。
□
原因不明の病に罹患したとされた王太子殿下。
数ヶ月間も意識不明の状態にあったが、魔法の治癒によって筋力などの衰えは最小限に済んだ。
だが、まだ自力で出歩くことは難しく、ガブリエールたちは彼を見舞うことに。
「殿下!」
ガブリエールの見据える先で、国王と第二王子と第三王子、そして侍医たちに囲まれつつ、枕で半身を起こすエミールの姿が。
「ああ──ガブリエール、息災で何よ」
りと発音する前に、ガブリエールは駆け出して王太子の身体を抱きしめていた。
彼女の意外な反応にあたふたしかけるエミールであったが。
「殿下……殿下ぁ……」
「……心配をかけてすまない、ガブリエール」
ごく自然に、彼女の背中に腕を回すエミール。
王太子の肩に顔を埋めて泣きじゃくる銀髪の令嬢。
「ようやっとお目覚めね」
「──マリィ」
「本当に心配したのですよ?」
「ランドルミー」
「まぁなんにせよ、無事で何より」
「女王陛下」
三人の心遣いに頭を下げる王太子。
無事に目覚めた事実を確認した見舞客たちは、ガブリエールだけを部屋に残し、全員が退室する。
「ガブリエール」
「はい、殿下」
「えと、何と言えばいいのか……あの日のことは、覚えているだろうか?」
「覚えております」
あれは夢や幻の類ではない。
神サンドリヨンと、それに携わる記憶の一切が、整合性をもってガブリエールの中に秘蔵されていた。
エミールが神に対抗するため自刃したこと。それにより神薬の影響から脱したこと。すべてを──
そんな彼女の様子に、エミールは若干ながら焦りのような様相を見せる。
「そ、そうか……覚えているのか」
「?」
小首を傾げるガブリエールに対し、王太子は何かを言いかけて、彼女の左手に注目する。
「その指輪」
「これはあの時、殿下から賜ったものです」
嬉しそうに微笑むガブリエールは、王子の左手に、自分の左手と右手を重ね合わせる。
「殿下のおかげです」
「え、……なにが?」
「殿下のおかげで、私は自分が愛されていることを知りました。殿下のおかげで、私は自分が『生きていてもいい』と、やっと感じることができたのです」
崩壊しかける神の城の中で、エミールは言った。
──「ガブリエール。俺は、君を、──────」
その言葉を
王太子エミールが、必ず戻ってくることを信じて。
「私、殿下にお伝えしなければいけないことが」
「うん──なんだ?」
「私、十六歳になりました」
「……………………それって」
「ええ。ですから申し上げます」
ガブリエールは頬を薔薇色に染めて告白する。
「私は、エミール王太子殿下を、」
愛しています。
心の底から──誰よりも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます