婚礼







 □






 貴族とは名ばかりの清貧令嬢。

 そう揶揄やゆされ卑下ひげされていたガブリエール・ド・モルターニュは今、緊張の帳の中にあった。


「お綺麗ですよ、お嬢さま」

「ええ、実に素晴らしい」

「晴れの舞台ですよ」


 ジュリエット、クレマンス、シャリーヌによって準備された婚礼衣装に身を包んだ銀髪の乙女は今日、ユーグ王国の王太子に、とつぐ。






 □






 王城近くの寺院、通称「大聖堂」にて、

 エミールは付添人らと共に、聖室のひとつで準備を整え終え、聖堂の中央で一人の女性を待っていた。

 今の彼の姿は王太子としての正装、軍総司令官を示す純白の軍服姿だ。さらに、王太子の証たる冠を短く切った黒髪の上に載せている。

 慣例に従い、花婿は式になるまで花嫁と逢うことはできない──これほど心細く寂しい慣習など変えてしまいたい思いがする王太子であったが、その刻限はやがて来る。

 聖堂の鐘が鳴り、婚礼の聖歌が流れた。喜びと祈りに満ちた歌は、王国の歴史と共にあった古い伝統のひとつであり、今、まったく新しい夫婦の誕生を祝するものとなった。

 最後の歌声が消える。

 それを合図としたように招待客たち──新郎の父たる国王、新郎の兄弟である第二・第三王子のほか、帝国第一皇女や教国の姫巫女、魔女の国の女王などの各国要人や王国貴族たち──が立ち上がる。同時に、花嫁の一行が、扉の奥から現れた。パイプオルガンが荘重な調べを奏で出す。


「────」


 エミールは息をのんだ。

 純白の花嫁衣装を身に纏ったガブリエールは、一人の乙女というよりも一個の芸術のごとく、見る者の心に溜息を零れさせた。

 エルフ製最高級のケープが背後の床にまで広がり、それを随従見習いの子女らが支え持つ。彼女と共に歩く父親役は、後見人を務めあげたジュール伯爵。

 ヴェールの奥に秘された表情は静やかなものだったが、白い花束に照らされ実に美しかった。

 通廊つうろうの中心まで、一行はゆっくりと歩を刻んだ。

 やがて、聖堂の中心にて、父親役から受け取る形で、エミールは自らの腕に花嫁の手をかけさせた。

 そして一歩、一歩、また一歩──これからの長い人生を共にすることを確かめ合うように、二人は祭壇へと歩みを進める。

 そうして、これまた王族の慣習に従い、祭壇の前で証人役を務める宮内省大臣が長々とした説教──互いに誠実であることなど──の末、宣言する。


「王暦九八八年、一月二十日。ここに、エミール・ガニアン・ド・シャルティエおよびガブリエールは夫婦となった」


 実に落ち着いた宮内省大臣の声音が伽藍がらんを満たす。


「エミール・ガニアン・ド・シャルティエ、なんじはガブリエール・ド・シャルティエを心から愛することを誓いますか?」

「誓います」

「ガブリエール・ド・シャルティエ、なんじはエミール・ガニアン・ド・シャルティエを心から愛することを誓いますか?」

「誓います」


 二人は互いに婚姻することを認め、世俗の富を分かち合うことを誓い、ありとあらゆる約束事をうけ合った。

 式は滞りなく進み指輪の交換が行われた。

 二人の祝福を受け、最後に誓いの口づけを許された。


「…………」


 エミールは無言のまま、そっと、ガブリエールのヴェールを持ち上げる。ガブリエールも無言を貫こうとするが、


「殿下」


 どうしても抑えきれない思いにふたできず、声をかけてしまう。

 二人は互いに飲み通じ合う声量でささやき合う。


「なんだい、ガブリエール?」

「私、ほんとうに、幸せです」

「それは、こっちの台詞セリフだな」


 感極まって涙を一筋おとす花嫁。

 二人は微笑み合い、新郎エミールから新婦ガブリエールへと、唇を触れ合わせた。

 エミールは背をかがめて、ガブリエールはドレスの裾の下で背伸びして、公衆の面前でごく自然と、事をやってのけた。

 結婚式はそのままガブリエールの、王太子の妻となる親王妃しんのうひの戴冠式に移行した。

 ガブリエールはドレスが汚れないよう慎重にひざまずく。

 ガブリエールの戴冠にあたって、王太子エミールは彼女のことを良き女性であると褒め称え──とくに、王太子である自分が意識不明の病態にあっても健気に己の責務を全うしてきた事実など──讃賞さんしょうの限りを尽くしてみせた。そして最後に、ガブリエールが良き親王妃となることを願い、演説は終えられる。

 そうして、十個も年の離れた王太子が、花嫁のヴェールの上に、親王妃しんのうひの証たるドワーフ製の最高級ティアラを妻となる乙女の頭にかぶせた。


 新たな夫婦となった二十六歳の王太子と十六歳の親王妃は祭壇の前で振り返り、人々の喝采の輪に包まれた。









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