儀式1-2






 □





 飲みかけのティーカップを置いたサンドリヨンは、かつてのことを自嘲するように、嫣然えんぜんと微笑む。


『愚かな話でしょう?』


 同意を求められたガブリエールは、何も言うことができなかった。

 ただ小さな首を振り続けることでしか、己の意思を示せなかった。

 魔族の母は何よりも美しく微笑んだ。


『よいのです、ガブリエールさん。死別すべきだった王子を蘇らせ、代償として、私は“魔”となり果て、彼らの神となった。今でも人の世に不和と混沌を撒き散らし、虐げられ嫌われ続ける“魔族”たちの母となった──私を祝福してくれた天使たちまでをも巻き込んでね』


 ガブリエールは周囲を見た。

 ──謹直な姿を保つウリエル。

 ──真っ赤な顔を隠すサキエル。

 ──岩のごとく巨大なメタトロン。

 ──無邪気な笑みを零すラファエル。

 かつて王子と姫の結婚を祝福した者たち。


「け、計画を」

『?』

「計画を止めることはできないのでしょうか? 何もこんな形で、人という存在を根絶する必要なんて」

『ごめんなさい、ガブリエールさん』


 神の一挙一動が、ガブリエールには恐ろしかった。

 そんな彼女を安心させるように、神──サンドリヨンは彼女の手を取って勇気づける。


『こんなことに巻き込んでしまって、本当にごめんなさい。けれど、私たち魔族と魔獣は、これ以上の汚辱と恥辱に耐えられない──ヒトに迫害され、ヒトに蔑意べついを向けられ、ヒトにいいように利用され殺されるだけの存在のままではいられない』


 その声は、神らしく真摯しんしな心根に満ちていた。

 サンドリヨンは宣する。


『我々はもう、ヒトの下にはつかない。もう二度と……!』


 突如、サンドリヨンが手を離して席を立った。

「どうかしたのですか」と問いかける少女の声も耳に届かず、彼女は忘我の涙を流す。


『ああ……サージュ……』






 □





「…………」

「…………私の、負け、ですね」


 ついに宝剣『ヴァンピール』は、サージュの心臓を貫いた。赤くそまった刃を少年の身体から無造作に引き抜く。


「最後まで、宝剣の力に、頼らない、とは……お見事……でし、た……」


 もたれかかるサージュに対し、王太子は無言でいた。


「その宝剣の力を使えば、私ごときなど、あっという間に殺せたでしょうに──惜しいことを」


 すべての魔法剣をくぐりぬけ、魔法弾の直撃を斬り伏せながら、エミールはかつての臣下を……教育係を……お目付け役を……執事を……供にして友の身体を、再起不能にさせた。

 宝剣を血振りする。大量の血飛沫が玉座の間に飛び散り、血の臭気があたりを満たした。

 血反吐を吐いて倒れ伏すサージュを、王太子エミールはそっと床に横たえる。

 致命傷だ。

 助かる見込みもない。

 それでもエミールは、やらねばならなかった。やらなければならなかったのだ。


「さぁ……お行きなさい」


 サージュは最期の力を振り絞って、玉座の間の奥に指を刺した。


「その宝剣『ヴァンピール』、いえ、『□□□□』の力であれば、あるいは、我が神に届くやもしれない。お試しください」

「ああ」

「ガブリエール嬢は、この奥の、祭壇の間、に────」


 それ以上、少年執事は言葉を紡げなかった。

 エミールは「わかった」とも「ありがとう」とも言わず、ただ頷くのみ。

 事切れ、瞳から光をなくすじいまぶたを伏せさせると、エミールは立ち上がった。こぼれかける涙を頭を振ってせきとめる。

 ここは敵城内。感傷にひたっている暇などない。

 彼は宝剣を握ったまま、祭壇の間とやらを目指す。

 敵の襲撃を警戒しつつ、彼は大急ぎでガブリエールの待つ場所へ向かう。

 そして、


「……ガブリエール」


 祭壇に捧げられる少女の姿を見つけた。

 それを囲む神と、四人の魔族長たちの姿を、王太子の瞳は映した。

 無論のことながら、彼ら四人は一気呵成に、この場の闖入者である王太子エミールの命を狙った。

 灼熱の両腕がマグマと化し、激流の冷水が魚群のごとく殺到し、岩の巨剣が引き抜かれ、風の竜巻が生じ──


『おやめなさい』


 その一言で、すべての攻撃が無に帰した。

 当然、悪魔の騎士をはじめ全員が異論と異議の視線を主君たる神に向ける。


『やめるのです、四人とも』


 やはり、物語の魔王とは程遠い、少女らしい声音で、神はその場を取り仕切った。


『我が魔法使いをよくぞ打ち倒しましたね。ユーグ王国王太子──エミール・ガニアン・ド・シャルティエ』


 王太子エミールは、さっと剣を構えた。







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