儀式2-1
□
その昔。
魔族と呼ばれる者の祖がいた。
彼女の名はサンドリヨンと呼ばれ、過酷な毎日を過ごした。
父に先立たれ、継母や継姉に虐げられ、灰をかぶるような労働の日々。
しかしながら、王宮での舞踏会に出席した折に、すべてが、一変した。
王子に見初められた少女は、奴隷同然の生活から抜け出し、王子と共に平和な日々を過ごした。
はずだった。
「それって、御伽噺に聞く」
『“灰かぶり姫”──それが私の原点』
サンドリヨンは簡潔に言い切った。
『王子様と共に過ごした日々は、本当に幸せそのものだった。けれど、その生活にも終わりがやってくるもの』
物語では、末永く王子と添い遂げたことで終わりを迎えるお姫様の物語。
だが、その続きは誰にもわからない。
語られることがない物語を、今、物語の住人だった本人が告げる。
『王子は戦争によって命を落とした。私をひとり置き去りにして……けれど』
「──けれど?」
『私にはそれが耐えられなかった。彼を喪いたくない一心で、私は禁忌を犯した』
そして、彼女は
□
「ガブリエールが『愛されない者』だと?」
彼女への侮蔑ともとれる発言ではあったが、サージュは本気でエミールに語り聞かせる。
「殿下もご存じのはずです。御伽噺“灰かぶり姫”を」
それがどうしたと語る王太子に対し、サージュは朗々と告げる。
「その灰かぶり姫こそ、我等が神として崇めるもの──すべての魔族の祖にして源流となった姫君なのです」
「?」
言っていることがよくわからない──そう言いたげなエミールの表情を努めて無視して、サージュは説明する。
「あの物語には、誰にも語られない続きがあったのですよ。王子に見初められ、天使たちに祝福され、国民たちにも愛され、幸せな生活を勝ち取ったはずの御伽噺のお姫様は、そもそもどのようにして、王宮の舞踏会に参じたのか?」
「それは、……魔法使いの魔法によって、だろ?」
「では何故、魔法使いは姫に魔法を施したのか?」
その代償や対価について、物語が語ることはない。
「何事においても“タダより怖いものはない”と申します。サンドリヨン姫は、いったいどのようにして、魔法を得る代償を払ったのか。家族と呼べる家族を失い、誰にも愛されず、過酷な状況に身を置いた娘に対し、魔法使いが施したものが、単なる慈悲や気まぐれだと思いますか?」
家族を失い、誰にも愛されず、過酷な状況に身を置いた娘──エミールは背筋を冷や汗が伝うのを感じる。彼がよく知る少女と、あまりにも境遇が似すぎている。
サージュは続けて言う。
「姫に施された魔法は十二時に解ける程度のものだった。ですが、物語の後、サンドリヨン姫はもう一度、魔法使いと出会い、王子の戦死を前にして頼み込んだのです……『私の死んだ夫を生き返らせて』と」
「ば、馬鹿な!」
蘇生の魔法など存在しない。魔女の国の女王でも不可能な技法に相違なかった──否、あるいはできるのかもしれないが、それに伴う代償が破格すぎて、誰にも教えられない禁呪なのかもしれない。
エミールは喚き続ける。
「そんなことを願って、本当にタダで済むと思うのか?」
「無論、タダではありませんでした。魔法使いが望んだのは、姫が二度と王子と出会えなくなるという呪い──魔族への転生でした」
「出会えなくなる呪い? 魔族への転生?」
「無論、生き返った王子は姫君を探しました。しかし、魔法使いによって雪深い地に城を構え、閉じこもるようになった彼女とは、それっきり……」
サージュの真に迫った物言いは、まるで自分がそれを見てきたかのような迫力に満ちていた。
「そして、彼女はこの世界の原初の魔族として転生を遂げた。それが代価だったから。長く『愛されない者』としてあった彼女は、同じくヒトに『愛されない者』である“魔族”と“魔獣”の神にして母となった──ならざるをえなかったというべきでしょうか?」
「それが、おまえがいう神とやら……サンドリヨン姫の正体?」
だとするならば、神がガブリエールを選んだ理由は。
「此度の計画において、我が神が必要とする素質を、全て兼ね備えた人物こそが、当代においてはガブリエール・ド・モルターニュ嬢だった。
過酷な家庭環境、自分は『愛されることはない』という強烈な実感、それがガブリエール嬢が「鍵」となる
ガブリエールが「鍵」と呼ばれる理由はわかった。彼女を使って、何かしらのたくらみに利用するつもりでいるということが知れた。
しかし、わからないことが増えてしまった。
「サージュ」
「質問はひとつだけとおっしゃったはず」
「ああ。だが、聞かせてくれ」
エミールは目の前のハーフエルフ──魔法使いを凝視する。
「おまえは、何者だ?」
「私は、……私ですよ」
無数の魔法剣を旋回浮遊させる少年は、そう
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