第五章

儀式1-1







 □






「サンドリヨン、さま?」

『ええ、そう呼んでくれて差し支えありません』


 逆光の中から現れた花嫁──お姫様は、実に美しかった。

 ガブリエールがこれまで見てきた中で一番の美女、といってもよいだろう。

 帝国の第一皇女殿下も、教国の姫巫女も、魔女の国の女王陛下すら、およびもつかない美貌と言えば、その美麗ぶりがわかるだろうか。

 

「紅茶が入りました、奥様」

『ええ。ありがとう、ウリエル』


 そう呼ばれた執事然とした白翼の天使アンジュ

 背中の片側だけに二枚の羽を生やした姿であったが、ガブリエールはその声を聴いて、咄嗟に一人の悪魔を思い起こす。


「フゥ……さん?」


 その名に反応らしい反応も示さず、天使は一度会釈して、サンドリヨンの後方に黙して控える。

 さらに別の天使、水流を羽衣のように纏わせる女天使が、テーブルセットの椅子を引いて待つ。


「ど、どうぞお座りください、ガブリエールお嬢様」

「……オー、さん?」

「うへぃ!」

『ありがとう、サキエル。さがっていいから』


 ガブリエールは聞きなれない名前、見慣れない天使たちに、あの城で出会った魔族の長たちの面影を見出してしまう。


『やっぱりサキエルが淹れてくれる紅茶は絶品ね。さぁ、ガブリエールさんも』

「は──はい」


 ガブリエールは紅茶の香りと味を堪能しつつ、自分が何故こんなところにいるのか疑問であった。

 自分は確か、あの城で、エミール、王太子と────!

 そこまで思い出したところで、サンドリヨンが唇の前に人差し指を置く。


『混乱するのも無理はないわね──今は儀式の真っ最中──あなたを「鍵」として、私たちの計画は順調に推移しているところです』


 茶菓子を口に含みながら、サンドリヨンはあっけらかんと事実を告げる。


「計画とは……「鍵」って、なんのことです? 人類根絶とやらと関係が?」

『そうですね。あなたにはすべてをお話してもいいでしょう──けれど、その前に知っておいて欲しいことがある』

「知っておいてほしい、こと?」


 サンドリヨンは頷いてみせた。


『私たち──魔族と呼ばれるようになったものたちの、過去を』






 □






 王太子エミールは、魔法剣と魔法弾を扱うサージュに対し、苦戦を強いられていた。

 相手が少年の身長と体格ながら、その体捌きと剣の腕は玄人くろうとのそれであること。そしてなにより、魔法を扱えるという点が、彼に大きなアドバンテージを与えていた。

 宝剣『ヴァンピール』の強度と、エミールの腕力と剣術をもってすれば、少年の生み出す魔法剣など充分破壊可能──だが、破壊された端から新しい魔法剣が生成され、状況は膠着こうちゃく状態を余儀なくされた。


「そこをどけ、サージュ!」

「──いいえ、どきません」

「どいてくれ、サージュ!」


 どんなに説得を試みても、サージュは応じる素振そぶりすら見せない。

 十本目の魔法剣を砕いても、素知らぬ顔で十一本目の剣を握るのみ。


「魔力が尽きれば剣は作れなくなる! その前に!」

「その前に──なんです?」


 取り付く島もないとはこのことだ。

 魔力切れがすなわち死だとは考えていないのか……否、それくらいのことは、この状況でわかっているはず。

 エミールは決してひかない。宝剣『ヴァンピール』の力も使わない。もし使ったとしても、その先に待つものは何なのか……それが理解できないほど、サージュという執事は愚かではない。


「くそっ!」


 エミールは『ヴァンピール』を鞘に戻した。

 今度はサージュが疑問符を浮かべる番であった。


「降伏なさるのですか?」

「そんなつもりはない!」

「では何故、剣を収めたのです?」

「おまえごときに、剣など不要だということだ!」

「……あきれました」


 素手でどうにかできるほど、サージュという少年は弱くない。長年培った剣技で、魔法で、たやすく王太子の命を奪えるだろう。

 サージュは「剣を抜きなさい」と命じるが、エミールは断固として拒否する。


「何故だ、サージュ」


 棒立ちも同然の王太子は、ここまで共に艱難辛苦かんなんしんくを乗り越えてきた供にして友に対し、胸襟を開いて離すことを提案する。


「わけを聞かせてくれ、そうでないと俺は──ッ!」

「そんなことなど無意味です」


 魔法剣が、無防備だった王太子の上腕の服を引き裂き、その奥に薄い傷をつけた。


「次は胴を狙う」

「おまえ……ッ」

「教えたはずです。お忘れですか?」


 幼少期からの剣の師匠に対し、エミールは諦念にも近い溜息を吐いて、告げる。


「『敵である者に容赦はするな』『目に見えるものばかりを追って、真実を見失うな』『苦難の時ほど、よく笑え』」

「──そうです」


 王太子は宝剣を鞘から取り出し、構えた。それでも、笑顔を作ることは容易でなかったし、なによりたずねることをやめられない。


「では、ひとつだけ答えろ」

「…………ひとつだけなら」

「何故、ガブリエールがさらわれた? ガブリエールをさらった、おまえたちの意図は、何だ?」


 もはや敵を見る眼光でサージュを見据えるエミール。

 そんな彼の覚悟に応じるように、サージュもまた覚悟を決めて応えた。


「それならば至って単純な話です」


 サージュは魔法剣を幾本も宙に浮遊させつつ戦闘準備を進めた。


「あの娘が、我が神と同じく『愛されない者』だったからですよ」

「──何?」








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