神威1-3
□
やはり私は、誰にも愛されない存在だった。
そのことを痛感させられた。
神とやらの計略によってのみ、ガブリエールという存在は愛されることを知った。
それ以外はただの小娘に過ぎなかった。
それがひどく──悲しい。
夢を見ていた気分だ。
こんな自分が、誰かに想われ、誰かを想い──
こんな自分が、誰かに愛され、誰かを愛す──
わずかな月日ではあったが、本当に、幸せな日々だった。
だから、どうか、あなただけは、──無事で──
□
『我が「神威」──起動を確認』
玉座の間の奥にもうけられた後宮の一室にて、その儀式はもよおされた。
祭壇に捧げられる銀髪の少女──ガブリエール・ド・モルターニュ。
その周囲を囲む五人の異形。神と、その配下たち。
「人の世に神の安寧を──」
「人の世に神の楽園を──」
「人ノ世ニ神の祝福ヲ──」
「人の世に神の加護を──」
儀式に参じる四人の魔族たち──フゥ、オー、テール、ヴァン──によって、
神は改めて四人の臣下の名を告げる。
『ウリエル、サキエル、メタトロン、ラファエル──よく、よくこの日まで、私に仕えてくれましたね。──ありがとう』
神から真名を告げられた魔族たちは、それぞれの口元に微笑を浮かべて応えた。
神はあらためて宣する。
『「神威」をここに。
神の名のもとに、我は人の世の“終焉”を告げる』
ガブリエール・ド・モルターニュという「鍵」を用いて、神たる純白の存在は、
神は、少女の声で告げる。
『今こそ約束の時、来たれり。人と魔の融和する世界を構築すべし』
■
異変は突如として現れた。
「おい……あれ?」
「どう、し、た?」
人々が仰ぎ見る天上に浮かぶのは、漆黒の巨大な球体であった。
王国の北方都市の生き残りなどが見れば、「転移門」と称された敵の奇襲攻撃に酷似していたが、今回のそれは規模が違う。
ユーグ王国、ソヴァ―ル帝国、ルリジオン教国、魔女の国、エルフ公国、ドワーフ評議国の主要都市、すべての天空に、同時に出現していた。
各国首脳が慌てふためく中、
「どういうことだ!」
帝国の先帝──シモン・ペルダン・ランブランは、会合の席に集った王国の裏切者に、枯れ細った指を突きつける。
「我等の神は、ユーグ王国のみを標的とする──ユーグ王国を破滅させると、そう約束したはずではなかったか!」
老人の乾ききった怒声が止むのを待って、彼は振り返った。
「約束? 神たるものが、我等のような人と約束を? ご冗談も大概にしていただきたい、帝国の先帝殿」
応えた男は茶色の髪を輝かせ、口元には心から湧き出る
「これこそが本来本当の『約束の時』です。我等、すなわち
人外じみた笑みを浮かべて、ジョルジュ・ド・リッシュ公爵は喚き散らす帝国の先帝──陰で王国への復讐という野心に燃えていた男を協力者たちの手を借り、丁重に追い出した。
理解の端にすら至れぬ老人を無視して、ジョルジュ──王太子の従弟は、自らが崇拝する神のために、この時を待ち続けた。
そのための協力も惜しまなかった。
神が選定した「鍵」を舞踏会に招き、王太子と婚約させることにも一役買った。「偽装」という前代未聞の珍事は想定外であったが、それ以外はすべて予定通りに事が進んでいる。
聖画を前にした
「我が神の「神威」を、今こそ我が身に」
その一言を最後に、ジョルジュ・ド・リッシュ公爵は己の首に神から贈られた刃を押し当て──
□
「陛下!」
「父上!」
「慌てるな、クロワ、ルトロ」
王国の空を──否、大陸全土を
しかし、王は厳然たる表情で、粛々と避難命令を国民に送る。
「とにかく、今はあれが何なのか、調査」
「調査する必要などありませんよ、陛下」
突如として出現した声の主に、全員が瞠目した。
「リッシュ公爵?」
「本日は、お別れを告げに参りました、陛下」
「なんだと──?」
応えようとした瞬間、王の周りの近衛がひとり倒れ伏す。
確認した近衛が倒れた兵に近寄ると、その兵は〈
状況に困惑する近衛らをおしのけ、国王が剣を抜くと、〈
己の臣下を自ら手をかけざるを得なかった王が、怒気に震えた声で剣を向ける。
「リッシュ公……貴様の
対する茶髪の親族は、心外という表情を作りつつ微笑んだ。
「とんでもない。これが我が神の権能──“人を魔に変える”
「神、だと?」
馬鹿げた物言いではあったが、実際に目の前で起こったことを加味すると何とも言えない。
元・リッシュ公爵は洋々と告げる。
「あの黒い空が世界全土を覆った時、人と魔の融和した世界が完成される──もはや止めるすべなどな」
言い切る前に、近衛兵長がリッシュ公爵の胴を叩き斬った、はずだった。
「無駄なことだ」
しかし、元・リッシュ公は、既に人間ではなかった。半透明な青白い肉体を持つ魔族〈
〈
冷え切った笑みで、自らが奪った魂を
「全員退避せよ!」
王の即言によって、全員が鞭うたれたように駆け出した
松葉杖を操り全力で走るクロワ。ルトロを近衛の一人に託し、王がそれに続く。彼ら三人を護るように近衛兵たちが随行する──が。
「無駄だと言っているだろう?」
〈
□
「……ここは?」
ガブリエール・ド・モルターニュは、どことも知れぬ草原にいた。
心地よい微風に草花の香りがまじり、とても穏やかな心地を味わう。
傍には純白のテーブルセットとパラソルがあり、お茶会の準備をする天使の姿が。
銀髪の令嬢が、その天使に声をかける直前、その声が耳に届く。
『ここは、私の過去です』
告げる声の柔らかさに振り向いた。
そこにいたのは、婚礼衣装を身に纏う女性の姿が。
ガブリエールは逆光の中に佇む女性に対し、ひとつたずねた。
「神、様?」
『いいえ──過去の私は、こう呼ばれていました──“サンドリヨン”と』
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