神威2-2






 ■





 サンドリヨン城の主──神たる少女は、胸が張り裂けそうな愁嘆場を、玉座の上で肩肘を突くでもなく、静かに見下ろしていた。


『……憐れなことです』

「我が神よ」

『皆、手出しは無用ですよ?』


 神妙な面持ちで規律よく答礼を帰す四人の魔族。

 彼らはわかっていた。

 自分たちの神が、何故このようなことを成すのか。

 その結末を──彼らは沈黙と共に、見守り続ける。






 □





 王太子エミールの内心は混乱の極みであった。

 ガブリエールが敵に洗脳され、おかしなことを言っている──とは思えないほど、彼女の挙動はエミールの知るガブリエールのそれであった。

 エミールは剣を持っていない手を伸ばして歩みを進める。


「ガブリエール」

「近づかないで!」


 エミールは足を止めない。


「ガブリエールッ」

「こっちに来ないで!」


 強硬に拒絶し、立ち尽くしたままの少女に対し、ついに王太子の足が止まる。

 エミールは誠実な声で言い募る。


「ガブリエール、どうか聞いてくれ。俺は君のことを、本気で想ってる。偽りの婚約を結んだことについては」

「そんな言葉は無意味です。あなたは、私を愛しているんじゃない。私を愛するように仕向けられたんです!」

「そんなことはない!」

「じゃあ、どうして! あの日、あなたは私と出会えたのっ?!」

「それは……それは…………」


 そう問いを投げられて、エミールは絶望に直面した。

 ガブリエールは半笑いと半泣きの表情で指摘する。


「ほらね? わからないんでしょ? どうして私に、私みたいな貧相な小娘に、話しかけようと思ったのか!」

「…………っ」


 答えを必死に探す王太子であったが、すべては徒労に帰した。

 何故。エミール・ガニアン・ド・シャルティエ王太子ともあろうものが、パーティーの隅でひっそりと目立たずにいた令嬢に、心奪われたのか。

 ただの一目惚れ──否。

 運命的な出会い──否。

 エミールは、あのとき、ガブリエール以外の何物も見えなくなっていた。

 その異常性、異質性に気づくと、自分はどうしてガブリエールを見初めたのか……本当にわからなくなった。

 ただ、ガブリエール・ド・モルターニュという娘を、どうしても自分のもとに置きたくなった。それ以外のすべてがどうでもよくなった。

 偽装の婚約を結んででも、彼女と共にありたかった。


 しかし、何故?


 何故そこまでの感情をいだけたのか考えると、エミールには確たる言動ができない──単なる気の迷い? 王太子の気まぐれ?

 否。どれも否。

 あのときの自分は、どうしても、ガブリエールという少女を、『愛さずにはいられなかった』──だが、それは、何故か?

 答えを見つけられない王太子に、ガブリエールは涙を流しながら痛烈に告げる。


「わかったら、お引き取り下さい。私は、あなたに愛されるにふさわしい娘ではなかった」

「そんな! ガブリエッ!」

「そこまでです、殿下」


 背後から組み伏せられ、冷たい大理石の床に頬を押しあてられるのをなかば強いられた王太子は、自分に蛮行を働いた者の顔を見て、絶句しかける。


「サ、サージュ! 何をやって」

「黙らなければ、腕を折ります」


 右腕の骨がミシミシと嫌な音を奏でかけた時。


『お待ちなさい』


 意外な人物から助け舟を出された。

 少年執事は即応するようにエミールの拘束を解放する。


『サージュ、誰が邪魔立てをせよと命じましたか?』

「申し訳ありません、我が神・・・よ」

「さ、サージュ? おまえっ」


 裏切ったことが信じられない面持ちで、エミールは少年に折られかけた腕をさする。はずみで放り出してしまった宝剣を即座に拾い上げ、その刃先を、幼少期から世話になった教育係兼お目付け役──ここまで供をしてくれた執事に対して向ける。

 そして、ひとつの解答に思い至る。


「まさか……まさかとは思うが、おまえが?」


 何らかの方法で、自分にガブリエールを意識させるような工作を施したのかと問うエミール。

 それに対し、少年執事のハーフエルフは、臆面もなく頷いてみせた。


「神薬『神の情愛』──殿下の食事に混ぜて、リッシュ公のパーティーに送り出すのは、実に容易でしたよ」


 王太子は思い返して気づいた。

 ガブリエールが神魔国の騎竜にさらわれる間際のこと。

 応接間が破壊されるよりも前に、サージュはエミールに「伏せろ」ということができた──それは何故か。

 瞬間、エミールがいだいた感情は、失望よりも重苦しい疑念だった。


「何故だ? なぜ、何故おまえがこんなことを?」

「すべては我等の目的のためにです、殿下・・

「──サージュ!!」


 宝剣『ヴァンピール』を躊躇ちゅうちょなく振るう王太子に対して、サージュもまた魔法剣を生成して応じる。二人の体格差は明瞭であったが、それでも、サージュの剣は冴え渡っていた。それも当然、幼少期の王太子に、剣の稽古をつけたのは、この少年執事なのだから。

 サージュは鍔迫り合いつつ警告する。


「私を止めたければ、『宝剣の力』を開帳なさることです」

「ッ! そんなこと、おまえにできるか!」

「この“お人好し”が!」


 サージュは舌打ちまじりに魔法弾を起動。それがさらにエミールを追い込んでいく。

 突然の剣戟けんげきと魔法戦に身をすくませるガブリエールであったが。


『さぁ、参りましょうか、ガブリエール』

「──はい」

「よせ! 行くな、行くんじゃない、ガブリエールッ!」


 銀髪の令嬢は「最期の別れ」とばかりに、頬を濡らして微笑んでみせる。


「今までありがとうございました、王太子殿下。こんな私に、少しでも、夢見る時間を与えてくれて」

「ッ」

「本当に、ありがとう──さようなら」


 エミールは何も言えなかった。

 次の瞬間、神たる純白の存在に背後を取られた銀髪の令嬢は、意識を刈り取られる。倒れ伏そうとする少女の体を、悪魔の巨腕が悠然と受け止めた。

 当然、エミール王太子は黙っていられない。


「貴様! ガブリエールに何を!?」


 神たる存在は王太子を無視してもよかったが、悪魔の騎士が丁重に抱き上げる少女の前髪を撫でつつ、宣告する。


『人の世を終わらせるため──そのための「かぎ」として、私はこの子を選んだ』

「貴様、何を言って……チっ!」


 サージュに妨害され、行く手をはばまれるエミール。

 神は朗々と告げる。


『我が「神威」を起動する──これで、長かった人の世に終止符が打てる』

「やめろッ! 何をする気か知らんが、ガブリエールを、巻き込むなッ!」


 鍔迫り合い、何十合と鋼と鋼をぶつけ合うエミールとサージュ。


「ガブリエールッ!!」


 喚き叫ぶ王太子を置き捨てて、神とその臣下たちは、玉座の間のさらに奥へと姿を消した──







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