神魔1-4






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 ユーグ王国王城にて、史上三回目となる首脳級の会合「六ヵ国協議」が催される。

 王国からは勿論、国王エティエンヌ・ロワ・ド・シャルティエが出席し、その補佐としてエミール・ガニアン・ド・シャルティエ王太子が列席。

 ソヴァ―ル帝国からは先帝から譲位された現皇帝ジャン・メートルゥ・ランブランと、第一皇女マリィが出席。

 魔女の国からは女王ソルシエールと側近シャンタールが、エルフ公国からは大公スルスと公女であるトゥルビヨンが来訪。

 そして、

 此度の「六ヵ国協議」を要請したくだんの機械国家・ルリジオン教国とドワーフ評議国の二国から、首脳級の使者が魔法国家のユーグ王国の土を踏む。


 ルリジオン教国“大司教アルシェヴィスク”と“姫巫女”、そしてドワーフ評議国からは評議長であるアシエ代表が、機械国家で発明された飛行機に乗って、王国の地を訪れる。


 王国近衛騎士団による歓迎の式典もそこそこに、六ヵ国の代表たちは王城にある合議の大広間につどう。






 □






 そんなタイミングの中で、城の応接間のひとつに、ガブリエールと第二王子の姿はあった。

 二人はテーブルを挟んでソファに腰掛け、城のメイドが用意してくれた紅茶には手を付けず、互いに間合いを探るような調子で視線を交わす。


「それで? 話とは?」


 第二王子は手指を組み、挑むような静かすぎる口調で、ガブリエールをうながす。


「まずは、先日の非礼を、詫びさせてください」

「先日の非礼?」


 それは私の方ではないかと怪訝けげんそうにうかがう第二王子。

 だが、ガブリエールは頭を振った。


「第二王子殿下の真意に気づきもせずに、己の都合のみを優先させた、不徳な私の非礼を、です」

「私の真意?」


「いったい何の話をしているのだ、この小娘は」という無言の圧をクロワ第二王子は発している。

 ガブリエールは構わず続ける。


「あの時、第二王子殿下はこうおっしゃっておりました──『このままでは、我が兄上は不名誉極まる俗言の嵐に揉まれるでしょう。「そういった趣味の王太子」などと噂されるのは、私には我慢ならないこと』と」


 クロワは陰湿な眼をわずかに見開いた。

 十五歳の令嬢が、そこまで細かく自分の言を記憶できていたことに、軽い衝撃をおぼえた。


「それが何か?」


 とぼける第二王子に対し、ガブリエールは真っ向から断言する。


「第二王子殿下は、兄上である王太子殿下を本気で心配しておいでなのだと、この発言でわかります。『我が兄上の不名誉』は『私には我慢ならないこと』」

「…………」


 クロワは否定する言葉を失ったように沈黙する。

 代わりに、ガブリエールは儚げに微笑んで、彼の真意を、王太子の実弟たる男の想いを汲み取ってみせた。


「クロワ第二王子殿下は、エミール殿下を本当に心配なさっていた。──敬愛されているのですね?」

「──そ、そのようなこと」


 クロワは耳まで赤面する思いを味わった。

 否定しようとする第二王子の機先を、ガブリエールは即座に制した。


「お気持ちはわかります。エミール王太子殿下は、私のような小娘にはもったいないほどの御方です。私ごときが婚約者の地位にあることなど、過分にすぎるというもの」

「──ええ。その通りです」


 クロワはどこまでも冷徹に返答した。

 しかし、ガブリエール以前ほど、クロワの言葉に氷の気配を感じられないことに気づいた。

 第二王子は背もたれに体を預け、宣う。


「我が兄上は、次期国王として申し分ない御人です。武勲も政務も、美貌も努力も、何もかもにおいて、我等三兄弟の頂点におわす御方だ」


 ガブリエールは沈黙と共に頷きを返した。

 クロワは、自分の真意を読み切った、十五歳の令嬢に礼節をもって応じる必要があることを学んだ。

 だからこそ、彼は本心を包み隠すことなく告げる。


「私は今でも、兄上と貴女とでは釣り合わない、釣りあうはずがないと考えております」

「それは、私も心得ていることです」

「──ならば」

「ですが、先日も申し上げた通り、私の方から王太子殿下に、婚約を破棄する旨を願い出ることはありえません」


 何故と首を傾げる第二王子に対し、ガブリエールは紅茶を口に含み喉を潤す。


「きっと、そう遠くない時期に、王太子殿下の方から婚約はなかったことになさる・婚約を破棄されると思います」

「まさか。ご冗談では?」


 静かに微笑むだけの令嬢に、第二王子は疑念の瞳を向ける。

 クロワは兄の激昂ぶりを、魔法で治癒した頬の痛みを思い出さずにはいられない。

 兄は本気でガブリエールを排斥はいせきしようとした弟に立腹していた。

 なのに、彼女との関係をなかったことにするとは……いったい?

 第二王子の内なる疑問が何かしらの形を得る前に、ガブリエールはカップの中の紅茶を飲み干す。


「どうか、第二王子殿下には、これまでと変わらぬ思いで、エミール殿下のこれからに心をお配りくださいますよう、不肖の身ではございますが、何卒よろしくお願い申し上げます」

「それは──言われるまでもありません」


 そう言いつつ、第二王子は心の内で、目の前にいる少女の価値を見誤っていた自分を恥じた。

 これほど豪胆に、かつ繊細に、他者の心の機微に通じることは、得難い才能でもあった。

 ひょっとすると、王太子は、自分の兄は、この少女のこういった部分を買って、未来の親王妃の地位につけたのではと推察するクロワ第二王子。

 彼もまた紅茶のカップを手に取り、未来の姉となるやも知れぬ少女に乾杯するように、王家御用達の紅茶を一息に飲み干した。

 メイドに紅茶のおかわりを二人分頼もうと、魔法のベルを鳴らそうとした、その時であった。


「殿下!」


 第二王子の随従が、許可もとらず入室してきた。

 肩をビクつかせるガブリエールへの失態をさらしたことに対する怒りを抑え込み、第二王子は「何事か」と冷然とした口調でたずねる。


「申し訳ありません。ですが、緊急事態です!」


 随従のただならぬ様子に、クロワも嫌な予感めいたものを感じ、耳打ちを求める。

 その内容は、半ば信じがたい内容で、クロワの唇の間から漏れ出ていた。


「──“神魔国”の軍勢、ドラゴンが、教国の「第一の壁」ではなく、我が王国の都市に出現しただとッ!?」







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