神魔2-3






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 魔族軍、ルリジオン教国が誇る「第二の壁」突破の報により、“神魔国”に対する脅威度は格上げされた。

 機械国家群であるルリジオン教国およびドワーフ評議国をはじめ、魔法国家群であるユーグ王国、ソヴァ―ル帝国、魔女の国、エルフ公国がひとつの席に集うことは、稀。

 歴史上で三回目の「六ヵ国協議」の場に選ばれた王国は、大陸中央。すべての国から首脳級の使者が来訪するのに都合の良い立地と言えた。


「魔法国家群は「転移の魔法」があるからいいとして、問題はルリジオンとドワーフの国だ。一日でここまで来れる乗り物があったか?」

「その二国には“ヒコーキ”なるものが存在しております。問題はないかと」


 サージュと共に、急ピッチで王城に各国首脳を受け入れる準備を整えるエミール王太子。

 部屋の内外で従者たちが慌ただしく典礼の準備に勤しみ、各国要人を迎える準備に奔走していた。

 エミールは疑わしげな声でサージュの方を横目に見る。


「ヒコーキねえ。なら、あとは各国要人を警備する騎士団と、それから親父殿たちの晩餐会の用意、あとはリッシュ公をはじめ各元老級貴族の」

「王太子殿下」

「どうした? いま忙しいんだが?」

「それが、ジュリエットからの魔法通信で、『婚約者殿が王城に参内したい』と」

「……ガブリエールが?」


 各国首脳を迎え入れるにあたり、王太子と列席する必要をエミールは排除していた。

 というのも、クロワとの一件で、今は顔を合わせるのもおそろしい──彼女が第二王子の諫言かんげんを聞き入れて、エミールとの婚約を破棄するように動かれたら、目も当てられない。


(いや、そうさせるだけの隙をクロワに与えた、俺のミスだよな……)


 エミールは額を指で押さえつつ迷った。

 各国首脳級の会合が間近に控えている状況で、どのようにガブリエールを説得し直せるか、考えている余裕はなかった。


「いかがなされます、殿下?」

「ガブリエールの用件次第だと、返信しろ。今は忙しい」


 サージュが魔法通信をやりとりする間にも、エミールは自己の仕事をまっとうしていった。

 急な開催となった「六ヵ国協議」のため、手配する人員も物資も、何もかも足りていない。


「やはりクロワ殿下にお頼りしては?」

「ダメだ。あいつは今回、国王陛下の助力に回させている……それで、ガブリエールの用件は?」

「それが『クロワ殿下と、直接お話がしたい』とのことで」

「そうか……待て、クロワとだと?」


 意外と言えば意外な指名であった。

 てっきり自分と“大事な話がある”と思い込んでいたエミールは、見事に虚を突かれた様相になる。


「どうなさいますか? クロワ殿下もご多忙かと思われますが」

「──クロワに使いを出せ。ガブリエールが話があると、直接アイツに伝えてこい」


 数分後。

 第二王子はガブリエールの訪問を了承する。

 さらに十数分後。


「王太子殿下」


 エミールは、ジュリエットの「魔法転移」で参内を果たしたガブリエールを、心の底から歓迎した。

 王宮にあがるに際し、ガブリエールが身に纏うのは、王太子から贈られた新作のドレスで、色はピンクを基調としていた。


(うん。よく似合ってる。とても綺麗だ)


 などと、のんきな感想を懐いてしまうエミール。

 実際は嬉しさのあまり何も言いだすことができない王太子は、サージュに肘をつかれて忘我の境地から目を覚ました。

 ガブリエールのことになると未熟さを露呈することが昨今目立ってきているエミール王太子は、簡単に「六ヵ国協議」がこれからあることに触れつつ、クロワの件について改めて謝した。


「それで、その、ガブリエール。先日は我が弟が失礼を働いたと聞く。本当に、心から詫びさせてほしい」

「いえ、そんな──畏れ多いことです」

「それで、今日はクロワに用件があると聞いているが?」

「はい。とても重要なことです」


 とても重要なことと聞いて、エミールは心臓を握られるような思いで呼吸を忘れかける。

 まさか婚約破棄をするつもりだろうかと聞きあぐねている間に、ちょうど王太子の執務室をノックする音が響く。

 エミールは来訪者に鋭い一声を放った。


「どうぞ」


 現れたのは、自分の実の弟。

 父譲りの黒髪を長く伸ばし、陰湿気味な視線を隠すようにする第二王子クロワの姿があった。

 ガブリエールは粛然と頭をさげる。王族に対するマナーに即した、見事な一礼カーテシーであった。


「クロワ、ガブリエールに対し謝罪を」


 エミールは命じた。

 ガブリエールは「その必要は」と言いかけるのを、王太子は肩に手を置いて制した。


「先日は礼を失した行為を働き、誠に申し訳ない──ガブリエール嬢」


 兄の進言を忠実に実行する第二王子。

 その姿に些少の満足を覚えたエミールであったが、本番はここからだった。


「それで。

 この忙しい時に、私を呼びつけた理由をお聞きしてもよろしいか、婚約者殿?」

「クロワ!」


 怒りが再燃しかけるエミールであったが、ガブリエールに先を制される。

 銀髪の令嬢は冷静に平静に、王太子へと求めた。


「王太子殿下。どうか、クロワ殿下と二人きりに」


「だが」と言って抗弁しかけるエミールを、ガブリエールはまっすぐに見つめ続ける。

 そんな令嬢の様子に眉ひとつ動かさないクロワを一瞥し、エミールは覚悟を決めるほかなかった。







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