魔女2-2
□
春の嵐吹きすさぶ王城にて。
黄金の王樹が悠々と枝葉を伸ばしている内庭で、完全武装したエミール・ガニアン・ド・シャルティエ王太子の姿があった。
「魔獣対応部隊を出せるだけ出してくれ! 転移魔法班で即時輸送する! いいな!」
エミール王太子は婚約者の屋敷を包囲下におく魔物への対応に追われていた。
ジュリエットからの「伝令の魔法」が届いてより早五分。続々と集まる兵員たちに対し、王太子は
「今回の目的は我が婚約者ガブリエールの安全を最優先とする! 敵は〈魔の犬狼〉の大群だが、恐れることはない! 私も現場に急行し、直接指揮を執る!」
承知の声を唱和させる部隊員たち。王太子の命令に絶対順守を誓う兵卒らを率いて、エミールは出征しようとするが、
「どうかお待ちを、兄上」
不吉な影のごとき第二王子の制止する声に、後ろ髪を引かれる思いを懐いた。
「クロワ──今は忙しい、用件は後で」
「そうは参りません、兄上。いくら御自分の婚約者殿の危機とは言え、王族が魔獣の跋扈する戦地に直接おもむかれるのは、いささか以上に危険かと」
「そんなことは重々承知している」
襲撃者の意図が、ガブリエールを餌にエミールを、国の王太子を“釣る”つもりならば、魔獣の規模は報告されているものより危険度の高いものともなろう。
だが、王太子はすべてを承知して、ガブリエールのもとに馳せ参じるつもりでいた。
「敵の狙いが俺だというのならば──ガブリエールを利用したこと、絶対に後悔させてやる!」
王太子は怒髪天衝の声色で、嵐の轟音にも負けない怒声を張り上げた。
その様子に観念したのか、第二王子は腰を折って武運を祈るのみ。
エミールは剣を天上へ向けて抜き払い、魔法班へ告げる。
「いくぞ!」
□
「逃げてください、お嬢さま!」
飛び込んできたジュリエットは、額に赤い筋を流しながら主人に言明する。
無論、ガブリエールは突然のことに戸惑いと驚きを隠せない。
「ジュリエットさん! いったい、何が?」
「説明している暇はありません! 応援部隊が到着するまでもちそうにない! とにかく、今は避難を!」
「避難って」
何が起こっているのかまるでわからないまま椅子から立ち上がるガブリエール。慌てて転びそうになるのを、暖炉の前で談話していた老婆
青薔薇の客人は白髪から変じた亜麻色の髪を波打たせ、十五歳の女主人に微笑みかけつつ、状況の説明を魔法使いのメイドに促す。
「はっ。〈魔の犬狼〉の大群に囲まれました! 表はクレマンスとシャリーヌがおさえ、屋敷裏手は私の「障壁の魔法」で食い止めている状況です!」
「なるほど。「障壁の魔法」を張り続けているうちは、あなたも他の魔法を、「転移の魔法」を使えないわね」
確認するような客人の声に、ジュリエットは即座に肯定の意を示す。
二人のやりとりを呆然と見据えるしかないガブリエールは、老婆だった女性が安楽椅子から立ち上がるのを見た。
「では、私も参戦いたしましょう」
「じょ──あなた様、ご自身が?!」
ジュリエットの愕然と張り上げた声に、ガブリエールの客人は「魔法」を披露する。
「ガブリエールさんは、魔法の知識はどこまであるのかしら?」
突然、講義する女性教師のような声音でたずねられ、十五歳の娘は言葉に詰まりかける。
「えと、『魔法』はひとりひとりに得意不得意があるのみならず、一度に複数の魔法を展開することはできない、ですよね?」
「ええ。よく勉強されているのね」
中途退学した
「人間の魔力には限界があり、複数の魔法を展開しようとすれば、大人数の魔法使いが必要になる」と、客人は告げる。
しかし、黒いローブをまとう女性は「例外」の存在を口にする。
「それが私たち『魔女』──「魔法に愛された女たち」です」
言った瞬間、『魔女』は多数の魔法陣を手許に浮かべた。
それは大小様々に展開される「魔法」──精緻な歯車のごとく駆動し、小鳥の羽ばたきのように浮遊する魔法陣は、その規模を部屋中どころか屋敷面積に等しい規模にまで増幅。
「あらあら。確かに、この数の〈魔犬〉が相手だと、三人ではキツいでしょうね。……でも」
□
「何!」
「魔法陣? 敵のもの、じゃないわね?」
シャリーヌとクレマンスが戦っていた魔獣どもの足元に、煌々と輝く青白い光の輪が浮かぶ。同様のものは、二人の足元には表れない。
陣から逃げ出そうとする魔獣を追尾するそれは、人の領域を超えた魔法の力──『魔女』にしかできない芸当であった。
屋敷内部で、客人の魔女が歌うように詠唱する。
『全敵性体、追尾固定。照準番号、一番から二百五十……完了』
そして、多数の魔法からなる大魔法を、解放。
『──
それで、地獄の炎を吹き付けようとしていた魔獣が、逃げおおせようと夜陰を駆けた走狗が、少女のメイドらを噛み砕き引き裂かんとした犬狼が、すべて極寒の氷像へと、変転を余儀なくされる。
ちょうど、エミール王太子率いる部隊が「転送」されてきたのは、その時であった。
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