神魔2-2






 □





 王城に戻った第二王子を待っていたのは、エミール王太子の怒号だった。


「クロワッ!」

「──兄上?」


 第二王子はとぼけた様子で、自室の扉を半ば蹴破るようにやってきた兄君に背筋を伸ばして相対する。


「いかがなされたのですか? そのように声を荒げ」

「すっとぼけるな!」


 随従たちが止める間もなく、二十五歳の王太子は室内を闊歩かっぽし、次の瞬間には実弟の襟首えりくびつかみ上げる。

 そして、断罪に近い声色で叫んだ。


「おまえ、ガブリエールの屋敷に行っただろう!」

「……ええ。それが何か?」

「何か、だと? しらばっくれるなッ!」


 短い黒髪の王太子は、本気の本気で激昂していた。


「あそこには、俺が派遣したメイドたちがいる! そいつらから連絡があった!『第二王子殿下が、お嬢さまと王太子の婚約破棄を提案しに参った』とな!」


 怒りのまま掴んでいた襟首を投げつけるようにするエミール。

 第二王子が襟元をただす間にも、王太子の激情の嵐は吹きすさぶ。


「どういうつもりだ」

「何がです?」

「いったい、どういうつもりで、俺とガブリエールの婚約に異議を懐いた! 答えろ!」


 王太子の激昂で、獅子を前にしたがごとく縮み上がる随従たち。

 だが、そんなことなどお構いなしに、第二王子は冷然と告げる。


「どういうつもりか。それはこちらの台詞です」

「……なに?」


 第二王子クロワ・サンス・ド・シャルティエは、エミール・ガニアン・ド・シャルティエ王太子に真っ向から対立する。


「兄上の方こそ、いったいどういうおつもりで、あのような小娘と婚約なさったのです?」

「クロワ、貴様、俺の婚約者を侮辱する気か?」

「ええ。はっきり申し上げます。あのような娘との婚約は無意味です」

「なんだとッ!?」


 頭に血がのぼってやまぬ様子の王太子に対し、氷の剣を思わせる声色が言って捨てる。


「我等がユーグ王国、その王太子という地位にありながら、財力ある大貴族の令嬢を娶るわけでも、他国の姫君を輿入れさせるわけでもなく、あのような何の取柄もない、貧家の小娘を王家に迎え入れるなど、あまりにも馬鹿げております」

「…………馬鹿げている?」

「ええ、兄上。私は断固反対させていただきます。いずれは至尊の冠を頭上に戴く御身をお忘れになりますな。あなたには、ふさわしき女性が他にいくらでも」


 それ以上先を、王太子は言わせなかった。

 彼の拳が吸い込まれるように弟の頬を殴打して、それ以上の言葉を紡がせなかった。

 殴打され後方に吹き飛んだ第二王子は、親にも打たれたこともない──兄弟喧嘩でも打たれたことのない一撃を浴び、さすがの第二王子も瞳を丸くさせた。


「いくら第二王子がふさわしくないと思おうと、ガブリエール・ド・モルターニュは、父も──国王陛下も認めた、俺の婚約者だ」


 エミールは王太子としてはふさわしからぬ──だが、男としては至極まっとうな行状をかえりみて、一応の謝罪を口先にする。


「……すまない、熱くなり過ぎた」

「──いえ。私も、少々言葉が過ぎました。お許しを」


 頬に拳の痕をのこす第二王子も、片膝をついて非礼を詫びる。

 しかし、エミールは背中を向けて去ろうとした。

 その時だった。


「殿下。外務省から緊急連絡です」


 緑がかった金髪の少年執事サージュが、第二王子の私室に速足で駆けこんできた。

 彼が届ける一報に、二人の王子は眉を顰めるほかになかった。


「ルリジオン教国の「第二の壁」が陥落しました。教国首脳部より、各国へ支援要請が届いております」






 ■





 ルリジオン教国。

「第二の壁」と呼ばれていた、巨大城砦の“残骸”の上。

 魔獣魔族で埋め尽くされた土地の最奥に、ひとつの陣幕が張られている。


『ヴァン』


 透明な小人の風精霊が、背中のはねを広げて宙を舞う。


『テール』


 鈍重そうな岩塊の巨兵が、いわおの剣を大地に突き立てる。


『オー』


 水流で出来た身体の人魚が、涙目をこすって祈りを捧ぐ。


『フゥ』


 奈落の業火を身に纏う悪魔が、炎の息吹を吐いて敬礼する。


『四人とも──よくやりました』


 主君の言葉に四者四葉の答礼が返る。


 風の精霊は軽快に笑う。「キャハハハ! 楽勝っすよラクショー!」

 地の巨兵は忠実に頷く。「すべテ、我等ガアるジの、ゴ裁量にヨルもの」

 水の人魚は涙が溢れる。「もったいないお言葉です、我がしゅよ」

 火の悪魔は胸を抑える。「………………我が“神”よ。次の指示を」


 華奢な躯体に、婚礼衣装を思わせる純白の衣を頭上から被り、身体全体を覆い隠す何者かは、優雅な身振りで、魔族軍へと進軍を命じる。







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