巫女1-2







 □






 王城内、図書館。


「クロワ兄上! この“神魔国”という国! 噂に聞く“魔族の国”というのは本当なのでしょうか!」


 座学に励む第三王子ルトロ・ヴァイユ・ド・シャルティエに対し、教師役を引き受けた第二王子が肯定の頷きを返す。


「どうやら本当のようです。諜報部から確証を得ております」


 対面の席に座るクロワ・サンス・ド・シャルティエは、長い黒髪を振って、信じがたい事実を口にする。


「現在、その神魔国によるルリジオン教国とドワーフの国への侵攻が確認されております」

「侵攻! ならば助けに行かねば!」

「そう簡単な話ではありません」


 第二王子は第三王子の単純思考をいさめるように声を低める。


「ルリジオン教国、ドワーフの国とは友好国ですが、正式な軍事同盟を結んでいるわけではない」

「確かにそうでした!」

「その理由については?」

「ええ確か──教国たちは魔法使用国の援助を断る傾向にある──でしたか?!」


「正解」と一言そえるクロワ。


「より正確には、彼らの機械信仰において、我等王国や帝国、魔女の国やエルフの国のような、魔法によって国が成り立っている者たちに貸しは作りたくない、というのが正解でしょう」


 馬鹿の極みだとはクロワは言わない。

 各国家ごとに理念や思想があり、助けを求めようがない・誇りがそれを許さないという事態は、歴史の講義で嫌というほど学んでいる。


「教国といえば!」


 赤みを帯びた金髪の王子が勢いよく席を立った。


「本日、兄上の婚約祝賀の一団が来ていると聞きます!」

「……ええ。そうですね」


 クロワは興味なさそうに軍事学のページをめくる。


「そういえば! 兄上の婚約者殿! 正式にまだご挨拶しておりません!」

「その必要はないでしょう」

何故なにゆえ!?」


 クロワは弟の大声に、さらに低めた声で答えた。


「──あのような娘との婚約、うまくいくはずがない」






 □






 応接室にて。


「神魔国の、台頭……?」


 ガブリエールは不安げな声で首を傾げた。

 たずねるような視線で隣に座る王太子を見上げるが、


「噂には聞く」


 エミール王太子の鋭い眼光に、正直なところ見惚れそうになる。

 ガブリエールの婚約者は、若干不機嫌そうな声色で姫巫女の質問に答える。


「ルリジオン教国とドワーフの国、それらのさらに最北──北方山脈でおこった“魔族の国”」

「そう。そのとおり」

「侵攻も受けているそうじゃないか。どうだ? これまでの国是こくぜを捨てて、王国や帝国と手を結ぶか?」


 まるで挑むような口調の王太子の姿に、ガブリエールは咎めるように手を添えかけるが、


「御心配には及びません」


 姫巫女は鋼の彫像を思わせる声音で、気丈に応答を返す。


「北の前線は我等の機械化装甲擲弾兵などの活躍により維持されております。魔法国家群との共闘は、現在のところ大司教猊下げいかは考えられておりません」

「それは結構なことで」

「ただ、……」

「ただ?」


 姫巫女は言葉を選ぶ間を要した。


「──私個人としては。王国や帝国の支援を必要とする時が来るやもしれないと考えております」

「そんなこと口にしていいのかよ? 教国の姫巫女さまが?」

「エミール殿下」


 ガブリエールは常にはない彼の様子に、差出口さしでぐちを言いださざるを得なかった。


「……どうした、ガブリエール?」


 袖を掴まれた王太子は、一瞬だが意外そうな顔を浮かべ、ガブリエールの知る優しい王太子の口調を取り戻した。


「教国は友好国ではありませんか。何もそんな言い草は」

「ご安心を。ガブリエール様」


 意外なことに、ガブリエールの言葉を遮ったのは姫巫女の方であった。


「エミール殿下、彼はいつも私に対してはこんな感じです」


 それを肯定するように、王太子も「第一皇女と同じ幼馴染だからな。多少は気も緩む」と照れくさそうに笑う。

 姫巫女は言い添える。


「私が神魔国の話題をあげたのは、本格的な軍事同盟を望んでのことではございません」

「と、言うと?」

「ガブリエール様の邸宅に、魔獣の侵攻があったという話を聞き、何か関連があるのではと愚考した次第」

「なるほどな……」


 外交など範疇外はんちゅうがいの話についていけてないガブリエールにかわって、王太子は頷く。


うち・・でも調べは進めた──が、あれら魔獣は王国でも帝国でも、我等が知り得るどの国の魔法使役の術式に合致しないモノだった──つまり」

「可能性としては新興国家──神魔国の疑いが濃厚かと」

「だが分からん。教国をすっとばして、どうして我が国の、しかもガブリエールを狙う? ……まさか」

「王国を神魔国の手中におさめるため」

「!」


 ガブリエールは驚愕で心臓が止まる思いを味わった。

 そんな彼女の様子を危ぶむ王太子であるが、「ありえない」と言って捨てることができない。


「典型的な挟撃のために、ガブリエールを手中におさめようと?」

「あくまで可能性の話です、エミール殿下。ですが、注意を喚起されるがよろしいかと思い、今回の祝賀訪問とあいなった次第」


 エミール王太子を見上げるガブリエール。そんな彼女の不安を取り除こうと、王太子は強い口調で断言する。


「安心していい、ガブリエール。君の邸宅は魔女の女王の加護をいただいた。絶対に魔族どもは近寄れん」

「──はい、殿下」


 肩を抱かれ勇気づけられるガブリエールの姿を、姫巫女は微笑を浮かべ盲目の眼で見守るのだった。








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