巫女2-1






 □





「ジュリエットたちの授業を思い出して。あとは自然にしていればよいですから」

「は……はい」


 エミール王太子は、内心でガッツポーズを取っていた。

 ガブリエールの手を自然にとることができた、自分の勇気に対して。

 二十五のよい大人が、少女の手の感触に心臓を高鳴らせるなどあってはならないことにも思えるが、王太子は生まれて初めて味わう顔の火照ほてりを抑えるべく努力せねばならなかった。


(いやいや、本気で自分の婚約者殿が、かわいすぎるんですけど!)


 儚げに微笑む銀髪の令嬢ガブリエール。彼女の緊張は手の震えからもよく伝わってくる。

 少しでも彼女の不安を払拭ふっしょくしてやれればよいと思っているが、こればかりは慣れていってもらうしかない。


(姫巫女──ランドルミーの性格と人格なら、第一皇女マリィのやつに比べ、あまりガブリエールの負担にはならない、はず)


 勝手知ったる同い年の幼馴染、もとい賓客の総評を胸中にしまいつつ、エミールは高級自動車から降り立つ姫巫女と挨拶を交わす。


「お久しぶりでございます、姫巫女どの」

「お久しぶりでございます、王太子殿下」


 いつも通りのやりとり。

 いつも通り見えていない目でまっすぐこちらを見据える姫巫女。

 そこに加わることになった十五歳の令嬢の所作については、完璧に近かったとエミールは身内びいきだとわかっていて思う。


「ここで立ち話も何です。どうぞ中へ」

「ええ、ありがとうございます、殿下」


 聖帯で覆われた両目ながら、姫巫女は介添を必要としない。

 その様子が不審に思ったガブリエールが声をあげる。


「あの、姫巫女様は」

「ああ、大丈夫ですよ、ガブリエール様」


 優し気な声で応答を返す姫巫女。


「私の目は盲目、なれど、我が国発明の感知機械によって、この世界を“見る”ことができておりますから」

「はぁ……かんち、きかい?」


 エミールは己の失態を恥じた。それぐらいの事前情報を仕込む必要性と時間的猶予はあったはずなのに、それをおこたってしまった。

 しかし、


「質問などがあれば何でもお聞きください。私に答えられるものであれば、即座にお答えいたしますので」

「ぁ……ありがとうございます!」


 姫巫女は何の疑念もなく、王太子の婚約者の不明ぶりを受け入れた。

 王太子はほっと胸を撫で下ろす。やはり、この幼馴染を練習台役に選んでよかったと、心の底の方でこっそりと思うエミールなのであった。






 □






 王太子と姫巫女と共に、談話室に通されたガブリエールは、緊張の糸をほぐしつつあった。

 慣れない王城ではあったが、大量の随従たちは別室に待機させられた為、失敗をしても恥をかく、否、王太子殿下に恥をかかせる分量が減ったという心理が働いたのが大きい。

 さらにいえば、談笑の相手もよかった。

 姫巫女は荘重かつ神聖を極めたような姿であったが、話してみると実に気さくで、好意的な印象を万人にもたらす。


「では、姫巫女様は」

「ええ。エミール王太子とは五歳の頃からの幼馴染で、二十年にもわたる縁なのですよ」


 ガブリエールは五歳の頃の王太子を想像してみたが、隣に座る黒髪の男性の華麗さ典雅さを見ると実に難しい。

 王太子はひとつ咳払いをして、二人の談笑の輪に割って入る。


「──そろそろ本題と行こうじゃないか、姫巫女どの」

「……本題、と申しますと?」


 エメラルドの髪をそよがせ、巫女は首を傾げる。

 エミール王太子は歯切れのよい口調で指摘した。


「貴国と我が国は友好国であり、我が婚約者との邂逅を望むのも理解できる。だが、何故このタイミングで?」

「……」

「婚約の祝賀であるならば、一報を知らせた直後に送ってくるはず──いや、実際は祝賀は頂戴していた。だが、そのうえで何故このような贈り物を?」


 談話室に並べられた真銀ミスリルの銃器類。

 鮮烈な輝きを放つ武具はガブリエールの知識にはないものばかり──中には個人が携行する小砲の類もあった。

 紅茶を口に含む間をおいて、姫巫女は頷きを返す。


「まったく。先見の明があるというのも時には困りものですよ、エミール?」

「魔法国家では扱えない銃器を贈呈するところからして怪しいんだ。どうせ祝福の品であれば、銀食器のセットの方がこちらとしてはありがたい」


 聖帯につつまれた両目を、ほとんど睨み据えるように見つめるエミール。

 何か、彼の機嫌をそこなうことなどがあっただろうかと自問しかけるガブリエールに、姫巫女は微苦笑の形にした唇で告げてやる。


「申し訳ありません、ガブリエール様。今回の訪問、実はあなた様のことは『ついで』にすぎなかったのです」

「はぁ……とおっしゃられますと?」


 姫巫女は十五歳の令嬢ではなく、黒髪の王太子にまっすぐ向き直り、粛々と白状する。


「『神魔国』の台頭を、エミール殿下はどう思っておいでなのか。私はそれを聞きに来たのです」





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