虜囚2-2
□
「第一の壁」での軍議は紛糾の限りを尽くした。紛糾せざるを得なかったというべきか。
「神魔国軍との会敵予測まで、残り一時間を切った」
時間も限られていた。
六ヵ国連合軍の前線総司令官に選任されたユーグ王国王太子──エミール・ガニアン・ド・シャルティエは、各国軍の兵力や特性を
エミールは軍議室に詰めかけた王国人・帝国人・教国人、さらには魔女とエルフとドワーフらを眺めまわしつつ、「第一の壁」周囲の地図──軍用の駒を配置したそれに指揮棒を振るう。
「敵巨人部隊にはドワーフの巨兵を。敵魔獣騎行部隊には王国と帝国騎士団を。敵航空部隊にはエルフの長弓・魔女の魔法・教国の対空砲火を、それぞれぶつける」
「王太子殿下」
「どうした、帝国六光騎士団長?」
「は。あえて進言させていただきますが、我等全軍は「壁」のうちに留まり、専守防衛に務めます。敵が「壁」を越えてくるのを待ってからの方が、敵は疲弊するはず。そのうえで戦闘を仕掛ければ、我が軍が圧倒できるかと」
「馬鹿な!」
激しく声をあらげたのは教国の軍幕僚であった。
彼
エミールは教国の意見に同調した。
「斥候の情報を信じる限り、敵の兵力はこちらの半数──五十万そこらだ。となれば、数で多い我等の取るべきは、壁の下に降りての徹底防衛──平野での会戦となる」
王国王太子は大変申し訳なさそうに、帝国の騎士団長の意見を
無論、帝国の騎士団長が無能であるというわけではない。戦においては様々な状況情勢をもとに、いかにして勝てる方法を希求するかにかかっている。反論異論のない軍議など、むしろ全軍にとっての害毒にしかならないのだ。
連合軍の配置が決定されると、軍議は散会となった。議場を後にし、廊下に出たエミール。その背後に影のごとく従うハーフエルフが、一人。
「……どう思う、
エミールは傍仕えの少年執事に問うてみた。
「敵の伏兵まで考慮に入れた、完璧な布陣だと考えますが──何かご不安でも?」
「不安だと? もちろん不安だ」
王国王太子は、司令官の一人として、戦場全体を把握しなければならない。
「俺が百万人の最前線に立つんだ……不安がない方が、どうかしてる」
「……やはり、ガブリエール嬢が気にかかりますか?」
「彼女の話はよせ。……ますます心配で、立っていられなくなるぞ?」
軽口とも言えぬ軽口を飛ばしつつ、エミールはガブリエールの安否を気遣う。
そんな彼に対し、
「大丈夫でしょう」
サージュは事も無げに言い放った。
「ガブリエール嬢のお命が目当てであれば、最初から王城で手にかけることは容易だったはず。それをせず、拉致誘拐を強行したということは」
「わかってる!」
「だが、連中がどういうつもりでガブリエールをかどわかしたのか、全く見当もつかんというのが、そもそもおかしい」
神魔国側から何かしらの交渉や会合要請があった事実はない。身代金の要求も、人質交換や捕虜返還の申し出も何もない。
それが逆に恐ろしい。
相手は魔族魔獣の連合軍──古代のドラゴンまで従えた、化け物の中の化け物。
そんな敵の手に落ちた婚約者が、どのように
雪深い北方のどこぞの牢で、
すでに、ガブリエールの誘拐から一週間が経過している。
こんな状況下で軍勢を率いねばならぬなど。
「本音を言うと、はじめて逃げたいと思ってるよ」
「殿下」
サージュの気遣う声が耳に届くが、王太子は歩みを止めない。
「王家も王族も、あらゆる称号を捨てて、彼女を魔軍から救い出し、二人でどこか遠くの国で余生を過ごしたい──なんて思い詰めるくらいには、な」
「……殿下」
無論、そんなことは不可能だ。
エミールは、ユーグ王国の
その地位を弟たちにくれてやったところで、責任逃れ以外の何物でもない。
なにより、王家の立場を捨てて、孤立無援にも近い状況で魔軍どもの最奥を目指すなど、狂人以下のたわごとであった。
王太子は今更ながら、己の地位の重さを自覚したように、左肩を掴む。
「重いよな……どうして俺なんかが王太子に」
「……ご自分を軽んじられますな。あなたは国王陛下が認めた次代の国王。そのための“王太子”──その事実に変わりありません」
「変わりない、か……ああ、そうだな」
確かにその通りだと頷いて、エミールは廊下を速足で突き進む。
その胸中にわだかまるガブリエールへの想いだけが、彼を魔軍の戦陣へと駆り立て、魔獣の軍勢を狩り取る戦場へと導いていた。
六ヵ国連合対神魔国の会戦は、数十分後に迫っている。
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