虜囚2-2







 □






「第一の壁」での軍議は紛糾の限りを尽くした。紛糾せざるを得なかったというべきか。


「神魔国軍との会敵予測まで、残り一時間を切った」


 時間も限られていた。

 六ヵ国連合軍の前線総司令官に選任されたユーグ王国王太子──エミール・ガニアン・ド・シャルティエは、各国軍の兵力や特性をかんがみ、最高の布陣を計画立案した。それは各国軍代表者たちの眼鏡にかなう配置であり、エミールが帝国の侵攻を三年前に阻んだ武腕を証明するものとなった。後方で魔法軍を指揮する魔女の女王(分身)と、総大将役として控える教国の姫巫女も納得の陣形であった。

 エミールは軍議室に詰めかけた王国人・帝国人・教国人、さらには魔女とエルフとドワーフらを眺めまわしつつ、「第一の壁」周囲の地図──軍用の駒を配置したそれに指揮棒を振るう。


「敵巨人部隊にはドワーフの巨兵を。敵魔獣騎行部隊には王国と帝国騎士団を。敵航空部隊にはエルフの長弓・魔女の魔法・教国の対空砲火を、それぞれぶつける」

「王太子殿下」

「どうした、帝国六光騎士団長?」

「は。あえて進言させていただきますが、我等全軍は「壁」のうちに留まり、専守防衛に務めます。敵が「壁」を越えてくるのを待ってからの方が、敵は疲弊するはず。そのうえで戦闘を仕掛ければ、我が軍が圧倒できるかと」

「馬鹿な!」


 激しく声をあらげたのは教国の軍幕僚であった。

 彼いわく、「第一の壁」を越えられることは『教国への侵攻と蹂躙は確実』であり、また、せっかくの大軍を壁の狭い歩哨上に詰め込むことにしかならず、現実的ではない。帝国の騎士団長殿の言は教国を売り渡すに等しい蛮行であると、それとなく帝国の非積極策ひせっきょくさくののしった。

 エミールは教国の意見に同調した。


「斥候の情報を信じる限り、敵の兵力はこちらの半数──五十万そこらだ。となれば、数で多い我等の取るべきは、壁の下に降りての徹底防衛──平野での会戦となる」


 王国王太子は大変申し訳なさそうに、帝国の騎士団長の意見を退しりぞける。父と同年代の騎士団長は白髪の頭を伏せて自らの愚案を撤回した。

 無論、帝国の騎士団長が無能であるというわけではない。戦においては様々な状況情勢をもとに、いかにして勝てる方法を希求するかにかかっている。反論異論のない軍議など、むしろ全軍にとっての害毒にしかならないのだ。

 連合軍の配置が決定されると、軍議は散会となった。議場を後にし、廊下に出たエミール。その背後に影のごとく従うハーフエルフが、一人。


「……どう思う、じい


 エミールは傍仕えの少年執事に問うてみた。


「敵の伏兵まで考慮に入れた、完璧な布陣だと考えますが──何かご不安でも?」

「不安だと? もちろん不安だ」


 王国王太子は、司令官の一人として、戦場全体を把握しなければならない。


「俺が百万人の最前線に立つんだ……不安がない方が、どうかしてる」

「……やはり、ガブリエール嬢が気にかかりますか?」

「彼女の話はよせ。……ますます心配で、立っていられなくなるぞ?」


 軽口とも言えぬ軽口を飛ばしつつ、エミールはガブリエールの安否を気遣う。

 そんな彼に対し、


「大丈夫でしょう」


 サージュは事も無げに言い放った。


「ガブリエール嬢のお命が目当てであれば、最初から王城で手にかけることは容易だったはず。それをせず、拉致誘拐を強行したということは」

「わかってる!」


 げきしかける自分を律するように、エミールは声を低める。


「だが、連中がどういうつもりでガブリエールをかどわかしたのか、全く見当もつかんというのが、そもそもおかしい」


 神魔国側から何かしらの交渉や会合要請があった事実はない。身代金の要求も、人質交換や捕虜返還の申し出も何もない。

 それが逆に恐ろしい。

 相手は魔族魔獣の連合軍──古代のドラゴンまで従えた、化け物の中の化け物。

 そんな敵の手に落ちた婚約者が、どのようにぐうされているか考えるだけで、エミールの心は千々ちぢき乱される思いだった。

 雪深い北方のどこぞの牢で、こごえているだろうか。硬い床で寝起きさせられ、食事もろくに与えられていないのではないか──心配の種は尽きない。

 すでに、ガブリエールの誘拐から一週間が経過している。

 こんな状況下で軍勢を率いねばならぬなど。


「本音を言うと、はじめて逃げたいと思ってるよ」

「殿下」


 サージュの気遣う声が耳に届くが、王太子は歩みを止めない。


「王家も王族も、あらゆる称号を捨てて、彼女を魔軍から救い出し、二人でどこか遠くの国で余生を過ごしたい──なんて思い詰めるくらいには、な」

「……殿下」


 無論、そんなことは不可能だ。

 エミールは、ユーグ王国のえある王太子ドーファン

 その地位を弟たちにくれてやったところで、責任逃れ以外の何物でもない。

 なにより、王家の立場を捨てて、孤立無援にも近い状況で魔軍どもの最奥を目指すなど、狂人以下のたわごとであった。

 王太子は今更ながら、己の地位の重さを自覚したように、左肩を掴む。


「重いよな……どうして俺なんかが王太子に」

「……ご自分を軽んじられますな。あなたは国王陛下が認めた次代の国王。そのための“王太子”──その事実に変わりありません」

「変わりない、か……ああ、そうだな」


 確かにその通りだと頷いて、エミールは廊下を速足で突き進む。

 その胸中にわだかまるガブリエールへの想いだけが、彼を魔軍の戦陣へと駆り立て、魔獣の軍勢を狩り取る戦場へと導いていた。

 六ヵ国連合対神魔国の会戦は、数十分後に迫っている。


 






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