国賓1-3






 □





「…………」


 ガブリエールはサンルームの窓辺に佇み、ガラスの窓越しに庭園で話し込む二人を、見ている。

 瞬間、令嬢の心に芽生えたものは、断絶の壁に似ていた。


(あんなにも、仲良く……)


 王太子と第一皇女が庭園で二人きりで話し合っている画は、ガブリエール目から見ても美男美女のカップルであった。

 仲睦まじい間柄の男女のそれであった。

 二人が何を話しているのか、ガブリエールにはわからない。

 ガブリエールに、帝国公用語の教養がなかったためだ。

 それでも、


(あんなにも、気さくに……)


 春もなかばだというのに、ガブリエールの全身を、悲哀の寒風が打ちのめした。

 自分では、ああはいかないと思った。

 偽りの婚約関係である自分には……きっと、ああして……王太子殿下と、真に笑顔を交わして、話をすることなど、とうてい望みようがない。

 わかっていたことだ。

 いくら「共犯」だとしても、否、その程度の間柄だからこそ──

 自分では、ガブリエールでは、ああは、なれない。

 そのことが酷く、寂しい。


「お嬢様?」

「な、なんでもありません……」


 傍に控えるクレマンスに不審がられて、ガブリエールは席に戻った。

 まるで覗き見を咎められたような気分で、紅茶の残りを口内に含む。


(苦い)


 ミルクも砂糖もたっぷりいれたはずなのに、その味は信じられないほど、ほろ苦かった。

 二人が庭園からサンルームに戻ってくるときも、その味は口内に残るほどに──


「ごめんなさいね、すっかり長居しちゃって」


 皇女殿下はそういって、「そろそろおいとまさせてもらうわ」と宣した。

 ガブリエールはほっと胸を撫で下ろす自分を自覚して、複雑な思いを懐いた。

「もう少しご滞在されても」と通り一辺倒な文言を口にすることはできたが、それも本心だったかどうか怪しい。


「それじゃあ、またお会いしましょうね」


 握手を求めてくる皇女の様子は、まさに帝室のかがみとも評すべき貞淑さで満ちていた。


「すまない、ガブリエール。私も公務がある上、マリィの、皇女殿下のお相手をせねばならない。だから」

「わかっております、エミール殿下」

「そ、そうか……」


 すまないと連呼しつつ、ガブリエールとの別れを済ませる王太子の様子は、顰蹙ひんしゅくを買うべき要素は何も存在しなかった。

 ただ。

 ガブリエールの胸の内には、隠しようもない棘の存在が残されることとなった。







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