国賓2-2
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正直なところ、エミール王太子はマリィとガブリエールを合わせる気などサラサラなかった。
だが、マリィは半ば強引な手口──泣いたフリをしてまでガブリエールに会わせろと、しつこく要求してきた。
『会わせてくれなきゃ、
などと子供じみた──それでいて最悪に効果てきめんなことを言われては、案内しないわけにはいかなかった。
相手は帝国の第一皇女。
外交関係を良好なものとしておく努力は必須と言えた。
そして、いざガブリエールの邸宅──貴族として最小限度のそれを前にしたマリィの態度は最悪を超越していた……のだが。
「こちらが当家の庭園になります」
「ふーん。結構、綺麗ね。あ、畑もあるんだ、便利~」
「もしよろしければサンルームでお茶などはいかがでしょうか?」
「うーん、そうね。いただこうかしら。茶葉は特級? それとも準特級?」
「あ、いえ……申し訳ありません、普通の市販品しか用意がなくて」
「あらそう? まぁ、急に訪ねたこっちが悪いから、気にしないで」
「…………茶葉なら俺が用意し」
「エミールは黙ってて。私はモルターニュ嬢と話してるのよ?」
「……わかったよ」
エミールは二人の遣り取りを見つめつつ、内心穏やかではいられなかった。
破天荒に過ぎる第一皇女の言動に、ガブリエールは一言一句丁寧に応対していく。
サンルームで紅茶をいただく時も。
「あら、王国産の市販品にしては、意外とおいしいじゃない?」
「お気に召していただけてなによりです、皇女殿下」
メイドたちがほっと胸を撫で下ろすのに、エミールは全力で頷きたい気分だった。
マリィは用意された茶菓子にも手を伸ばしつつ、「エミールも飲んだらどうなの?」と促してくる。
正直、国賓をもてなす場としてはふさわしくないだろうが、それでも、第一皇女と婚約者にならうように、クレマンスの淹れてくれた紅茶で喉を潤す。美味い。、
「いや~、最初見た時は狭すぎじゃねって思ったけど、案外悪くない広さね」
「ありがとう存じます、皇女殿下」
褒められたと受け取ったガブリエールは薔薇色に微笑んだ。王太子が、その横顔にしばし魅入るのを、第一皇女は目ざとく観察する。
「なるほどね~」
皇女は一人得心したように腕と脚を組みつつ微笑んだ。
「ま、モルターニュ嬢──ガブリエールという
「本題、ですか?」
意外そうにつぶやくガブリエールであったが、エミールは慌てて席を立った。
「マリィ! ちょっと、こっちに!」
「ええええ? 皇女にむかって何すんのよ~?」
サンルームにガブリエールだけを残して、二人は庭園に出た。
マリィはエミールに引きずられながら、意外そうな声で問いを投げる。
「例の件のこと、まさかガブちゃんには秘密にしてるわけ?」
「ガブちゃんって、いきなり……いや、それよりも!」
「うちの魔法省や暗殺部隊が、ここに魔物を刺客として放っているのかって話でしょ?」
エミールは歩み威を止めた。
周りに随従も一人もいない状況で、第一皇女は王太子の手から離され、姿勢を律しつつ告げる。
「結論から言うと“
「証拠は?」
「証拠は、と聞かれると応えづらいわね。こればかりは信じてもらうしかないから。だから私がここに来たわけだし」
「おまえ……ただの思い付きじゃなかったのか?」
「あたりまえでしょ? 第一皇女をなめないことね」
懇切丁寧な帝国公用語で告げられた内容に、エミール王太子も帝国公用語で応える。
「……だが、このひと月あまり。魔獣がこの屋敷周囲をうろついているのは確かだ」
「
金髪紅眼に睨みつけられ、エミールは言葉に詰まる。
エミール王太子がこの時期に、定刻からの表敬訪問を断らなかった理由が、この質疑応答。
「では、一体だれが」
「さぁ? 魔族を使役するとなると、帝国出身の王国民か、魔女の国の手のものか──ルリジオン教国やエルフ公国は考えにくいわよね?」
二人は此度の表敬訪問の核となる部分をやりとりしつつ……
その様子を静かに見守るガブリエールのことを失念していた。
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