第四章

虜囚1-1







 ■





 エミール王太子の婚約者、誘拐!

 この報せは王国のみならず、諸国を激震させた。

 史上三度目となる「六ヵ国協議」──まさにこれを好機とみなした敵軍の罠にかかる形で、ユーグ王国の未来を担うはずだった王太子の婚約者を拉致せしめた“神魔国”の名は、大陸中を席巻することに。

 当然、ユーグ王国の王太子は怒り狂った。

 彼は己の目の前で、婚約者をさらわれた。

 その激情はして知るべしところ。

 父王の制止がなければ、彼は己の近衛連帯を率いて北上する勢いであった。

 神魔国、許すべからず。再開された「六ヵ国協議」によって、全首脳部の見解は一致した。

 ここに、対神魔国に対する「六ヵ国連合軍」が誕生。機械国家群と魔法国家群が手を結んだ。

 ルリジオン教国「第一の壁」と称される最北の地に、連合軍は集結しつつあった──






 □





「申し訳──ありません、──兄上」


 ガブリエールと二人きりで懇談し、彼女の誘拐劇を目の前で決行され負傷した第二王子は、意識不明の状態から回復し、即座に兄である王太子へと謝罪の言を述べた。

 対する王太子は額に包帯を巻いた軽傷の姿で、寝台から起き上がれぬ実弟を励ますように告げる。


「おまえは何も悪くない、気に病むな、クロワ」


 クロワは滅多なことでは感情を見せないが、この時ばかりは己の失態を嘆き悲しみ、落涙さえしてみせた。


「そうはいいますが、兄上。私が愚かにも、そう、愚かにも、彼女を婚約者と認めていなかったが故に、起きたことです。ですから」

「気に病むなと言っているだろう、クロワ」


 王太子エミールは彼の病床に腰掛け、罪を謝する弟の頭を撫でた。


「あの状況下で、おまえは、我が婚約者を救おうとしてくれた──ドラゴンを相手に剣を抜いて、雄々しく戦ったと聞く」

「はい。しかし、婚約者殿は奪われました……なんなりと処罰を」


 あくまでも罰せられることを望む実弟に、兄たる王太子は厳命した。


「では、命じる。早く傷を治し、おまえも戦列に加われるように励め」

「はい、兄上──王太子殿下」


 弟の私室を出たところで、王太子はもう一人の弟に出くわした。


「兄上! クロワ兄様の具合は?」

「大丈夫だ。ドラゴンと戦った傷は魔法では癒せぬが、医師の見立てでは一ヶ月で全快する。心配には及ばん」

「そうですか。よかったぁ……」


 腹違いの弟は王太子の前でほっと胸を撫で下ろした。しかし、彼の不安の種は尽きなかった、その様相を浮かべる。

 エミールは首を傾げた。


「あの、兄上の……婚約者殿は」

「────依然、行方知れずだ」


 それどころか安否すら不明。魔女の国の女王に捜索を依頼したが、ガブリエールをさらったドラゴンには魔法探査が──どころか、“魔法の一切が効かなかった”のである。城の防御障壁の魔法を抜けたのも納得の性能。まさに伝説上の存在──破格すぎる化け物であった。

 第三王子ルトロは沈痛な面差しで俯いてみせた。

 そんな優しい弟に対し、兄たる王太子は頭を撫でて応える。


「おまえが案じることはない。六ヵ国が合力する今、“神魔国”など恐れるに足りん」

「はい。そうですね──ですが、兄上。彼女は」

「殿下、そろそろお時間です」

「ああ。わかっている」


 ルトロが言いかけた言葉は気にかかったが、サージュに刻限が迫っていることを知らされ、弟の頭から手を離した。


「出陣、なさるのですね?」

「ああ。ガブリエールは必ず、俺が取り戻す」

「わかりました。兄上ならばきっと、彼女を救ってくださると信じて、祈念しております!」


 やたらと敵の虜囚となったガブリエールの身を案じてくれる赤みがかった金髪の王子の言に、そこはかとなく疑問符を懐きつつ、王太子は弟の祈りを実現すべく、さっときびすを返した。

 父や弟たちとのしばしの別れ。エミールは自己の管轄下に入った第三・第四近衛連隊──精鋭たちを率いて北上する。

 目指すは、対“神魔国”の根拠地──六ヵ国連合軍の集合地点──ルリジオン教国の「第一の壁」である。






 □






「…………ん」


 ガブリエールは目を覚ました。

 微弱な睡魔の余韻を頭に感じつつ、見たこともない天蓋てんがいを見上げ、思い起こす。


「あれ、ここは?」


 モルターニュ家の屋敷ではない。

 王城の一室とも見まがう豪奢な内装、高価そうな調度品や寝台の天蓋、暖炉には大量の薪が燃えているのが見える。

 高く大きな窓の外は、漆黒の闇色に染まり、吹雪の白色が窓の淵をいろどっている──王国は春だったのに、冬の夜に目覚めたとでもいうのだろうか。


『お目覚めですか?』


 声に呼ばれ、ガブリエールはその方向を見る。


「え?」


 声の主は、ガブリエールの知るメイドの誰でもない。

 ジュリエット・オルヌでも、クレマンス・スュールでも、シャリーヌ・ユイズヌでも、ない。


『目が覚めたようですね──よかった』

「……あなた、は?」

『はじめまして──ガブリエール・ド・モルターニュさん』


 ガブリエールは、純白のヴェール──婚礼衣装にも似たもので全身を覆い隠す何者かと、対面する。

 






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