虜囚2-1






 □






「第一の壁」に集った各国の連合軍は、その総数にして百万を超える大軍となった。

 しかし大軍勢の宿命というべきか、早速ながら連合軍としての歩調を損ない始めた。


「どうして長耳エルフのために武器を鍛えよというのか!」

小人ドワーフの狭量ぶりには、困り果てたものですよ!」


 他方では。


「魔女や魔法使いと肩を並べて戦え、だと? 上は教義おしえを忘れたのか!」

「歯車狂いめ。こっちもね、機械とやらと共に戦うなど吐き気がするわ!」


 無論、連合軍すべてがいさかいののしり合いに狂奔きょうほんしているわけではない。

「神魔国、討つべし」という御旗のもとに集った各国の軍団は、精強精鋭揃い。

 帝国の六光騎士団。魔女の国の女王親征軍。エルフ公国が誇る長弓兵団。ドワーフ評議国の機械化巨兵大隊。ルリジオン教国の「第一の壁」守備連隊。すべてが聞きしに勝る武官たちであり、歴戦の猛将と軍人たちで構築された。だからこそ我が強く、国是に反するがごとき「六ヵ国連合軍」という状況を、容易に受け入れられずにいるのだ。


「大変なことになったな、エミール」


 壁の上で陣幕を張る第三近衛連隊のなかで、王太子を呼び捨てに出来るものは限られている。


「ジョルジュ……いや、リッシュ公爵」


 ガブリエールと出会った舞踏会以来、というわけでもない従弟いとこの登場に、エミールは声を低める。


「ここは戦場だ。それにふさわしい呼び方があると心得られよ」

「申し訳ありません、殿下。平に、ご容赦を」


 周囲には王太子を守護する近衛兵と随従が取り巻いていた。額面通りのやりとりを終えて、二人は本題に取り掛かる。


「此度の遠征でかかった費用は?」

「──なかなかの額になりました」


 後方で重要な補給を担うジョルジュは、弱気からほど遠い、なれど辟易しきった声音で、軍事予算の帳簿を王太子に見せつける。


「近衛連隊二つで五千の兵数をはじめ、上位騎士団が五つ、民間の義勇軍とあわせ、今回の遠征軍は二十万の大所帯となりました。単純に輜重しちょう・補給物資の数だけで国庫の蓄えが空になる、とまではいきません。帝国との戦争後は豊作が続いておりましたから、我が国の蓄えは十分です」

「だが、それも無限というわけではない」


 溜息を吐くような王太子の語調に、ジョルジュは頷きを返した。


「ええ。此度の遠征が夏の終わりまで続くようならば、各国に依頼して物資を分けてもらうことも視野に入れねばなりません」

「それまでに終わらせられるかどうか」

「正直に言って、財務を取り仕切る自分の立場から言わせてもらえば「六ヵ国連合」など、早々に解散してほしいところです」

「だろうな」

「さらに言えば、敵軍の扱う“転移門”とやらも気がかりです。おかげで、敵がどの国を強襲することもできるという事実が実証された以上、各国にも相応以上の防衛線力を残さざるを得なかった」

「しかし、敵がそんな手を使えたのなら、最初から最北の壁など無視することはできたはず。何かしらの制限、たとえば距離や地形での発動有無があるという魔法省の分析もある」

「ええ。ですが実際、我が国が北部都市に奇襲を受けたのは事実。各国首脳も、父君の国王陛下も、慎重に事を進めねばならない」

「ああ、わかってる──だが、我が国は、ガブリエールをかどわかされた」


 エミールの強硬的かつ沈痛な声の響きに、ジョルジュは無言を貫くほかない。


「俺の目の前で、俺の婚約者を──ガブリエールをさらった連中を、俺は絶対に許さない」


 王太子の両眼に揺らめく憎悪の炎を見て取ったジョルジュ・ド・リッシュ公爵。

 彼は此度の遠征軍の陣頭指揮を執る王太子に同意するように、彼の怒りに震える拳を握る。


「絶対に、神魔国軍を討とう。こちらは百万の軍勢。さらに機械と魔法の共同戦線だ。勝機は十分にある」

「ああ。兵力兵站は申し分ない、だが問題となるのはやはり“転移門”と、敵のかかえる航空兵力」

「ドラゴン、か」


 ジョルジュは手を離して熟考にふける。

 エミール王太子はかき集めた資料をテーブルの上にばらまいた。


「神話の時代には生息していたと言われるドラゴン。だが、ドラゴンに魔法が効かないという記述はなされていない」

「では仮説として、王太子殿下が対峙し、ガブリエール嬢をさらった竜だけが、特別だった可能性は?」

「ああ。魔女の女王陛下も、その可能性は十分にあるとおっしゃってくれた」


 実際、王国北部都市を襲ったドラゴンの群れに対して、王国軍の魔法兵が放った攻撃魔法は有効打を示したという報告がある。

 これは大いなる矛盾であり疑問点だ。

 ドラゴンの中でも序列や強弱があり、王都王城を強襲したあの一匹と騎手が特別だった──そう考えれば一応の辻褄は合う。

 しかし、神話の時代まで遡って存命している存在はいない。不老長命を誇る魔女やエルフですら、1000年の時を超えることはできないとされ、事実、もっとも古きエルフでも990歳を数えるにとどまっている。

 神話に登場する怪物──アダマンタイト鋼に匹敵する鱗──口腔から迸る破壊の炎──空飛ぶ金城鉄壁きんじょうてっぺき

 それがドラゴンだ。


「ドラゴンを、魔法兵力と機械兵力の合力で、どれだけ削り取れるのか」

『殿下』


 エミールは左腕に巻いたブレスレット──通信の魔法道具から聞こえる声に応えた。


「サージュか。どうした?」

『はい。斥候が神魔国軍を捕捉。各国の軍代表で軍議をしたい、とのことで。指定時間は十分後となります』

「わかった、すぐに向かう」


 サージュとの短い通信を終えたエミールは、転移魔法兵を一人、陣幕に呼ぶ。








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