魔女2-1






 □





 春の嵐は、王城を含む王都全域に広がっていた。

 寒々しい強風の音色が街路樹をざわつかせ、城の内庭に生える黄金の王樹すらも激しく波打たせる。

 エミールは妙な胸騒ぎを覚えた。


(やはり王宮に避難させておくべきだったか?)


 だが、ガブリエールは、その申し出を固辞した。

 ただの婚約者の身分で、王宮に留まることは憚りがあると──その通りだった。しかし、天災のときぐらいは頼ってくれてもよいのではないかと思わずにはいられない王太子。


(やはり偽りの、偽装婚約の関係がいけないのか──だが)


 あの時。そうでも言わなければ、少女はエミールの求めに応じなかっただろうことは、明白。

 そして、


(最近の、というか皇女と邂逅してからの態度は、少しよそよそしいというか)

 

 何か以前にも増して遠慮がちというか、緊張ぎみというか、その理由を考えるエミールではあったが


「わからん」


 彼自身には、なにも落ち度らしきものはなかった。

 エミールの知らないところで、ガブリエールが心に負い目を負っていただけのこと。

 ただそれだけの結果であったが、当の王太子にはわかるわけもない。


「王太子殿下」

「何用だ、じい


 政務の書類を決裁しつつ、王太子は応じる。

 爺とよばれたハーフエルフの少年執事サージュは、魔女の国から使者が来訪したむねを告げる。


「魔女の国か! 早速会おう!」


 謁見の間を取り急ぎ用意させた王太子は、件のガブリエール邸への襲撃未遂騒ぎで、気が気ではなかった。

 そこへ、相談を持ち掛けていた魔女の国からの使者が到来した。これで少しでも状況が改善されればと思わずにはいられない。

 謁見の間に現れた人物は。この嵐の中だというのに雨に濡れた様子がひとつもない。おそらく「転移の魔法」を使って参内したのだろう。


「お初にお目にかかります、王太子殿下」


 魔女の国の使者は、ひれ伏して王太子の一行を待っていた。

 使者は続けて歌うように告げる。


「我が名はシャンタール、女王陛下の側近として働いております。このたびは我が魔女の国の女王・ソルシエール様の使いとして馳せ参じた次第」


 儀礼通りのやりとりも、焦慮するエミールにとっては無視したいところであった。


「私としても貴国の使者殿とお会いできてうれしい限りだ、シャンタール殿」


 だが、魔女の国との国交をより深いものにするためにも、ここは我慢のしどころというもの。


「さて、早速ではございますが」

「はい。殿下の婚約者であられるガブリエール・ド・モルターニュ嬢を襲う賊の件ですね?」


 シャンタールは王族の前でも臆することなく言葉を連ねる。女王の側近かくあるべしというがごとく。


「我が国──女王陛下のご意向といたしましては」

「殿下!」


 何事だと声を荒げかけるエミール。

 だが、他国の使者との謁見中に伝令が息を切らしてやってくるというのは余程の事態。エミールは伝令役の耳打ちする声──ジュリエットからの一報をきいて愕然となる。


「ガブリエールの屋敷がっ!?」






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