魔女1-1
■
王国南方の国、ソルシエール国。
通称、魔女の国。
その地では代々女の子どもしか生まれず、魔女たちの王たる女王が君臨する。
エルフと同じ不老長寿の種族であり、その美貌も彼らに次ぐと噂されるほど。
魔女たちは生来から魔法に秀で、魔獣の召喚や使役も造作もなく行える──熟達した魔女一人ともなれば、それは一中隊にも勝るとも。
そんな、ソルシエール国の女王の城。
「魔物の発生事件?」
女王は側近の魔女から手渡された書類に目を通す。
女王の名はソルシエール──代々女王が受け継ぐ、最高位の魔女の証である。
ユーグ王国の王太子からの訴状によると、今をときめくエミール王太子の婚約者ガブリエール・ド・モルターニュの屋敷を、毎夜のごとく魔物が出現徘徊しているという。
「なるほど。確かにこの量は、魔法の存在なくしてはありえない規模ですね」
フラスコなどのガラス容器とたくさんの研究書の詰まれた棚に囲まれる女王は、王太子への返答を浮遊する魔法のペンで代筆させつつ、側仕えの一人を呼んだ。
「シャンタール」
「はい、女王様」
「あなたには至急、ユーグ王国に赴き、調べてほしいことがあります」
□
帝国第一皇女の表敬訪問から数日が過ぎた。
王国は、大雨が吹き付ける春の嵐に見舞われていた。ガラス窓を大量の雨滴と強風が打ち付け音を立てさせる。
「あの、大丈夫ですか、ジュリエットさん?」
「……あ。お嬢様。だいじょうぶですよ、このぐらい耐久訓練で慣らしてますから」
ガブリエールは心の底から屋敷のメイドたちの体調を気遣った。
家の主人たるガブリエールには知らされていないことではあるが、近頃は昼にも魔物の覗き真が現れる始末であるため、三人のメイドは心休まる時間がない。
それでも、十五歳の婚約者殿に心痛をかけまいと、ジュリエットもクレマンスもシャリーヌも、皆が無理を通しているのだ。
王子に報告・相談・連絡はしているが、果たしてこの先どうなるのか、三人のメイドは気が気ではない。
そんなことを露とも知らされていないガブリエールは、とにかく三人の負担を軽くしようと、自分で家事をこなそうとするのだが、それすらも三人のメイドたちに止められている。
「お嬢様はつつがなく、日々を過ごしていただければよいのです」
そういって、明らかに寝不足かつ疲労気味な足取りで床掃除を続けるジュリエット。
ガブリエールはもう一度、現状を憂慮していることを王太子に奏上しようか半瞬悩んで、すぐに実行すべきだと判じた。
その時だ。
玄関ベルを鳴らす音が耳に飛び込んできた。
ガブリエールは、疲れぎみの三人に先駆けて、来賓の対応に向かう。
「はい、どちらさまでしょうか」
「ああ、大変恐縮なのですが、今晩の宿を探しておる者です」
おかしな客人だと思った。宿を求めるならば街で探せばよいものを。だが、しわがれた声などから老女のそれだとすぐにわかる。足腰が悪い中、道に迷ってここへ流れ着いたというところか。
ガブリエールは扉を開けてみた。
烈風吹き荒れる中、そこには不吉の権化のごとき影があった。
腰をかがめた老女は、手提げ籠の中にあった一本の青い薔薇の花を差し出すようにしつつ、屋敷の女主にこいねがう。
「どうか、この薔薇と引き換えに、一晩の宿を恵んでは下さりませんか?」
ずぶぬれの老女の姿を見て、ガブリエールは快諾するように頷いた。
「当然です! さぁ、はやく中へ。暖炉であたたまってください!」
「ああ、ありがたいことですじゃ」
老女は感服したようにしわくちゃの人相に笑みをたたえる。
ガブリエールも笑みの相を浮かべてみせた。
「困ったときはお互い様です。ジュリエットさん、暖炉の用意を!」
「ああ、はい、ただい────ま?」
ジュリエットは数瞬以上もその場に立ち尽くした。
いったいどうしたことだと疑問する前に、老女が立てた人差し指を口元にあてた。
「ど、どうぞ、こちらの応接間へ」
「?」
ガブリエールは疑問符を頭の上に浮かべたまま、老女を導くように手を取って歩き出した。
□
春の嵐に乗じて、その魔物はとある屋敷を包囲下におこうとしている。
鋭い眼光。
獰猛な牙の列。
雨に黒く輝く毛皮。
湿った大地に残る爪痕。
犬や狼などより巨大な体躯。
魔獣〈
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