29 トリアノン

 三宅杏奈の目的はゆらへの復讐。俺に近づいてきたのも、それがきっかけだった。

 三宅杏奈の口から吐き出される笹原ゆらはとてつもなく嫌な人間だった。男の人に近づいては、にこにこと笑ってほんのすこしの好意を見せる。彼女のあの容姿なら簡単に地獄へ突き落せただろう。でも、俺の知っている笹原ゆらはそんなことはしないし、むしろ顔でしか人を判断できない人間を愚かだと思っているタイプだった。俺が今まで見てきた笹原ゆらはほんの一部で、俺はこのとき彼女に面白がって遊ばれていたことに気づいてしまった。きっと、ゆらは別人に成りすましてあの時の俺への復讐に来たのだ。なら、話は早かった。

 彼女が三宅杏奈を利用して俺を陥れようとしているのであれば、彼女をうまく利用すればいいじゃないか。俺たちはゆらの操り人形じゃない。


「ねぇ、わたしのこと好き?」

「もちろん、好きだよ」

「うわぁ、ほんとに嘘つくの上手だよね。裕太くん」


 三宅杏奈は疲れていたのだと思う。暴走した感情で俺に近づいてきて、結局俺には脈がないことを知ってしまった。ゆらへの嫌がらせをしたかった話も全部してしまったからこそ、彼女は簡単にこちら側へ堕ちた。彼女の言う「二番目でもいい」は心の奥底から出てきた感情だったのだと思う。俺はゆらの真意を探るために彼女に頻繁に会ってもらえるようお願いして、彼女もそれを快く承諾してくれた。

 

「裕太くんさ、やっぱりわたしのこと好きになってくれないよね」

「……うん。ごめんね、俺はゆらが何を目的にして三宅さんの恋人にちょっかいをかけたり、そういう行動をしてるのか今は知りたいと思ってる」

「そっか。そうだよね、王子様は童話の中にしか現れないよね」


 俺と三宅杏奈が密会をしている間、たまに近くにゆらがいることには気づいていた。ゆらの目的の一つとして、この三宅杏奈に俺を懐柔させようとしていることは分かり切っていた。

 

「わたしさ、恋愛ができるのがもうあと数年だけっていうかね。政略結婚ってやつかな。会社のために親が選んだ人間と結婚するんだ。好きな人と一生を添い遂げることなんて最初からできないから」

「じゃあ、形だけでも自分を愛してくれる人が欲しかったってこと?」

「わたしが本当に好きな人は、絶対にわたしのことを好きになってくれないから」

「……」


 三宅杏奈は一生誰にも言わずに墓場にもっていってね、とこっそり俺に秘密を教えてくれた。俺たちの関係が恋愛ではなく、協力関係であることの証明みたいなものだった。


「王子様がいるの。わたしのことをずっと助けてくれる人。きっと、わたしのことを一生好きになってくれないし、わたしのことを一生妹ぐらいにしか思ってくれないし、きっと私じゃない別の誰かと恋愛をして結婚をして、幸せになる人。わたしはさ、それを傍で祝福しなきゃいけないから、だから今だけでもその人の近くでいたくて、我儘やって恋人の愚痴ばっかり言って、ずっとずっと気を引き続けた。わたしたちが結ばれることなんて絶対にないのに」


 彼女が言う王子様が、いつも彼女の送り迎えをしている若い男だというのにはすぐに気が付いた。彼女は叶わない恋を俺にだけ伝えてにっこりと笑って「内緒だよ」と言った。俺たちのすぐ近くに、その王子様とゆらが一緒にいることなんて知らずに、彼女は永遠に叶わない恋を続けるのだろう。

 三宅杏奈にはそれは伝えなかった。伝えると今度こそ壊れてしまうと思ったから。笹原ゆらに騙されて苦しめ続けられる彼女を不憫に思ったし、彼女が好意を寄せていることを気づいてなお、ゆらがその使用人の男に近づいていたのであれば最低だと思う。いつか、すべてがばれて終わる日が来る。

 彼女が椎名ゆらであることがばれたときのように。完璧なんて無理なんだ。




 

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