24 アザレア
「お前は俺のこと、好きになってはくれないじゃん」
最初から分かってたくせに、その言葉はずるいと思った。彼が拗ねるのはいつものことで、その日もいつものように不満を吐露して消えた。死のうとするなんて思わなかった。でもさ、彼が死を選ぶって分かってたら私は彼になんて声をかけただろう。
「私も好きだよ」なんて、きっと彼が一番望まない返答をするしかなかったじゃないか。
□
幼稚園から小中高、ずっと同じの幼馴染。比呂は私と正反対で明るくて元気で、うるさくてお調子者で、私のことを好きだと言ってくれたはじめての人。
嘘がつけないくらい馬鹿正直で、私が彼に「友達としてしか見れないよ」と返しても、彼は諦めずに私に戦を挑む。最後は根負けだった。好きになれるかどうか、そういう問題は全部後回しにしてもいい。私が彼の告白を受け入れた時には、彼はもう私より身長が高くなっていて、無邪気に好きを連呼する馬鹿ではなくなっていた。
私たちの関係は清く、私から出した唯一の条件は「パーソナルスペースを侵害しない」ただそれだけだった。それが彼にとっては非常にきつい我慢だったのかもしれない。でも、それでもいいと言ったのは比呂だった。
プラトニックラブなんて成立しない。誰かがそう言った。男女の友情なんてない。どっちかが好きになってしまったら、もう元には戻れない。友情とは儚いものなのである。現実は私のセクシャリティを受け入れてはくれなかった。
誰にも言うことはできなかった。
「愛莉はさ、いつになったら俺のこと好きになってくれる?」
耳にタコができるぐらい聞いたセリフを思い出す。
「どうして俺の告白を受け入れてくれたの?」
いつか、絶対に好きにならせて見せるからっていう比呂の言葉を信じたんだよ。なんて私は死んでも言えなかった。
忠犬のような純粋無垢な彼はゆっくりと変わっていく。年月が経つにつれて、彼の威勢のよさは消えていき、終焉を迎える。
比呂が他の女の子と仲良くしている姿を見た。浮気ではなかった。たぶん。それもいまとなっては分からない。比呂の感情がその子に向かっていたのかも、その時の私はどうでもよかった。比呂の中に生まれた感情と、私の変わらないこの感情は一生交わることはないだろう。それなのに、私は比呂を手放せなかった。
私は比呂のことを愛していたのだ。でも、比呂と同じ愛じゃなかっただけ。
「好きだからだよ」
「嘘つけよ。恋人らしいことなんて一つもしないくせに」
「じゃあ、別れる?」
「愛莉はさ、俺のことなんだと思ってるの?」
私が欲しかったものは、一生手に入らないものだと気づいた。でも、それに気が付くのが遅くなってしまった。
私の中に眠る欲求は、誰も幸せにしない。相手をただ傷つけるものでしかなかった。
「愛莉ってずるいよね」
比呂は致死量ぎりぎりのカフェインを大量に摂取して、部屋で倒れていたのを私が見つけた。急いで救急車を呼んで、必死に彼が目を覚ますのを待った。何時間も、何日も。喧嘩別れしたあの日のことを何度も思い出して、トイレで何回も吐いて、彼の眠る顔を見ると涙が止まらなかった。
はっきり言うのが怖かった。自分が欠陥品だと認めるのが怖かった。私は比呂のことが大事で大好きだけど、同じ量の愛で彼に接することができない。分かっていたくせに、私は彼を手放さなかった。彼の愛が他の誰かに向かうのが嫌だった。
汚い嫉妬心だけ残して、比呂の優しさに甘えて追い込んだ。
「……ひ、ろ?」
彼が目を覚ましたとき、彼は私のことを覚えていなかった。一部、記憶障害が起きていたらしく、時間が経てば思い出せるかもしれないと医者には言われた。けど、思い出さなくてもいいことは、この世の中沢山ある。私とのことも、きっと比呂は思い出さないほうが幸せに生きていけるのではないかと思った。
「愛莉? さんは俺の同級生なんですか?」
「え、ああ、ただの同級生です」
「すごく良くしてくれますよね。お見舞いとか他の人よりよく来てくれる」
「比呂さんの親がうちの親と仲いいんですよ。私も帰宅部で暇なので。ただそれだけです」
病室での会話はほとんどなかった。他愛もない会話を少しだけ。
彼が何かを思い出すのが怖かった。結局、比呂の記憶障害は脳の方に何か異常があるらしく詳しく検査をするためにとなりの県の大きな病院に転院することになった。それが私と比呂との最後。
私と付き合っていた、私のことを大好きだと言ってくれた比呂はもういない。比呂はもう死んでしまったのだ。
「いろいろと面倒を見てくださってありがとうございました」
「いえ。私は特に何もしてないですから」
「感謝してます。またいつか会えたらいいですね」
「……そうですね」
転院する日、交わした会話はひどくあっさりしたものだった。二度と、私は比呂に会うことはないだろう。もしすべてを思い出しても、私は今度こそ比呂を解放する。
この醜い感情を「愛」と呼ぶのだろうか。そうなら、この感情を同じ「愛」と呼んでくれる誰かが私の前に現れてくれるのを待ち続ければいいのかな。
比呂は死んだ。私の最初で最後の恋人は死んだ。
比呂がいなくなるまで私は自分の感情を、優しさという名のエゴでかき消していたのだ。
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