25 シュリンプピンク
それは、綺麗なものじゃなかった。
恋とか愛とかそういう類のものじゃなくて、お気に入りのアクセサリーをなくしたくなくて、誰にもとられたくなくて必死に隠していたみたいに、私は自らの感情を殺すことを決意した。きっと、比呂もおなじだったのだとおもう。
記憶を取り戻したら、比呂はもう一度私のところにやってくるだろうか。それとも諦めるだろうか。どうして死のうとしたんだろうか。本気で死ぬ気だったのだろうか。私の何が好きだったのだろうか。付き合ったら何かが変ったのだろうか。
私も比呂を彼と同じ感情で好きになれていたら世界はハッピーエンドに向かって進んでいってくれたのだろうか。
「愛莉も恋したほうがいいよ。楽しいから、すっごく」
お酒を飲んでふにゃふにゃになったゆらが楽しげに語る恋バナは幸せそうで、私とは程遠いもののように感じた。好きなのに他に恋人を作ってもいいよ、なんて言えるのだろうか。私ですら比呂にその言葉を言えなかったのに。
ゆらの語る瀬名裕太という人物は、とても優しくて素敵でかっこよくて、そして最低最悪なクズであった。彼女の言葉の節々から感じる違和感は、たぶん少し作り話が含まれていたのだと思う。
誕生日、付き合った記念日、クリスマス、バレンタイン、プレゼントされたペアリング。幸せな愛されている証拠がたくさん残っているのに、デートの日に浮気相手のためにすっぽかされた話が出る。一貫性がなかった。同じ人物の話をしているようには見えなかった。
「ゆらはあなたのこと、好きじゃなかったと思うってあの日言った言葉、訂正します」
「いや、その通りだと思うから別にいいよ」
「確かに私は盲目的でした。ゆらの言葉を信じて疑わなかった。だって、ゆらが私に嘘なんかつくはずないって思ってた」
「桐島さんにはゆらがすごくいい親友に見えたんでしょ。それ以上でもそれ以下でもない」
瀬名裕太が大きく息を吐く。私をじいと見つめる瞳は真剣で、私は上手く言葉が返せなかった。
「俺はゆらのことを殺したかったです。恨んでました、ずっと」
瀬名裕太の話し方はやっぱりおかしい。敬語になったりため口になったり、圧をかけるような横暴な態度に見えたかと思うと優しい好青年に戻る。私の目の前に二人の人間がいるように見えた。
「ずっと殺したくて殺したくて、妹の仇だと思ってた。今更なに都合のいいこと言ってるんだよって、好きだからで全部片づけられるのかよって思ってた」
私はゆっくりと理解した。逃げろと言ったあの子のことも、ゆらがあれだけ語った理想の彼氏像も、全部本当で全部嘘だったんだ。
「ゆらのこと、好きだったんですね」
「死んでほしかったけどな」
彼みたいな恐ろしいほど綺麗な二重人格に出会ったのは初めてだった。彼の言葉はすべて本当で、言葉に愛と殺意が入り混じっている。
ゆらのことが好きだったのも本当。ゆらを憎んでいるのもきっと事実なのだろう。どうやって二人は長いあいだ交際していたのだろう。表情がどんどん歪んでいく瀬名裕太を私はぼうっと見つめるだけ。酷く頭が痛そうだった。
「何も知らずにずっと騙されてれば幸せだったのかもしれねえ」
ぼそりと吐いた彼の言葉に、私も同じようなことを思った。
ゆらは本当に自殺だったのだろうか。ゆらの言葉がどれだけ本当でどれだけ偽りなのか、誰も分からない。ただ私の目の前にいる瀬名裕太は「どちらも」笹原ゆらの死に苦しんでいる。
何も言わずに勝手にいなくなった笹原ゆらを、私たちはきっとこの先ずっと許すことはできないのだろう。
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