23 インディアンレッド
瀬名裕太に会ってどうするのか、という一番大切な部分はすっ飛ばして私はただ本当のことを知りたかった。ゆらが本当に浮気ばっかりの最低な男を愛し続けていたのか、瀬名裕太の言うゆらだけが本命が事実なのか。嘘だったら一発ぐらい殴ってもいいと思った。
私は部屋の押し入れの段ボールの中に包丁を片づけて着替え始めた。髪を整えて、メイクをして、姿見で確認する。お気に入りのカバンを持って財布とスマホを中に入れた。大きく息を吸ってゆっくりと吐き出す。これからどうなるかは想像もつかなかったし、考えることもしなかった。
「お久しぶりです」
あの日以来、彼とは連絡は一切取らなかった。きっと、彼が知りたかった話を私が知らなかったから用済みだったのだろう。それなのに、私が会って話したいと連絡すると二つ返事で会ってくれることになった。違和感だけはどんどんと膨張していって、私は瀬名裕太という人間のことがよくわからなくなった。
「ゆらのことですよね。何かあれ以来分かったことでも?」
「……え、と。ゆらの知り合いの人に少しお話を聞けたくらいで、あまり」
久しぶりに見た瀬名裕太は前より少しやせているように感じた。会話はいたって普通にできて、だからこそ私の中での違和感がどんどんと膨張する。
私と今はなしをしている「彼」は普通なのだ。
大切な恋人を失った男性。ただ、そうとしか見えない。だからこそ、あの日と同じ違和感だけが残る。あの日もそうだった。ゆらの死の真相が知りたいと私にぐいぐいと迫ってきたかと思うと、すとんと何か憑き物が落ちたかのように人が変わった。ちがう、逆に何かが取り憑いたように見えたんだ。
「瀬名さんは三好さんって方のことをご存じで?」
「三好、ですか。いや、知らないな。ゆらの知り合いですか?」
「じゃあ、杏奈さんって方のことは、ご存じですよね」
私の言葉に彼は大きく目を見開いて沈黙した。
「桐島さんもグルですか?」
短い沈黙の後、瀬名裕太はゆっくりと口を開いた。グル、とはどういうことなのか私にはよくわからなかった。
「ゆらが俺にどうしてほしかったのか、よくわからないんです」
「……?」
「俺の正解って何だったんだと思いますか? ゆらが望むならゆらがアテンドする女性と上手く付き合えばよかったんでしょうか」
「え、と。意味がよく、分からない」
成立していたはずの会話が少しずつおかしくなっていく。崩れていく。
私の前の前にいる彼が、ゆっくりと彼じゃなくなっていく。あの日と同じように。
「俺、ゆらのことを恨んでます」
私はいま、誰と会話をしているのかよくわからなかった。瀬名裕太の口調は少しずつ変わっていく。まるで、別人のように。
「俺のことを騙して楽しんでるゆらのこと、恨むのっておかしいか。普通じゃねえのかよ、って思う。それと同時に、馬鹿らしくなる」
「……騙したって、ゆらがそんなことするわけないじゃないですか」
「何でそんなにお前はゆらに妄信的になれんの? でも、みんなそうだよ。俺もそうだよ」
何も知らないほうが幸せだったのだろうか。
瀬名裕太のことを浮気する最低男だと思っていれば、私はゆらのことをずっと大切な親友だと信じて疑わずに生きていけたのだろうか。
「ゆらのことを好きになった時点で、全部あいつの思い通りなんだからさ」
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