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22 アプリコット
何かがおかしかった。でも、その「何か」が分からなかった。
違う。理解しようとしなかったのだ。怖かった。真実を知ってしまうのが。
□
時間を巻き戻すことができるなら、いつまで戻りたいだろう。できないことばかり考えるのが癖になって、私は大きくため息をついた。
ぎゅっと強く握っていた包丁を手放すと、爪が皮膚に食い込んでいたのか手が真っ赤になっていた。何を知りたかったのだろうか。ゆらは私に何を求めているのだろうか。必死で私を引き留めようとしたあの女の子のことを思い出して私は少し考えこんだ。
三好さんは結局何がしたかったのだろうか。ゆらが私の復讐を望んでないなんて嘘だ。あの引き出しの中のものは瀬名裕太への負の感情でしかなかった。ペアリングはずっと彼女が肌身離さず持っていたものだったし、浮気のことも相手を特定するくらいには恨んでいるはずなのに。
でも、彼女は許していた。何でだろう、好きだから? 瀬名裕太のことが好きだから浮気も許せたのか。そんなわけない。最初からわかっていたのに、私は気づかないように必死に思考を放棄していた。もともとゆらが「おかしい」のだ。
そもそも瀬名裕太が本当に浮気をしていたのだろうか。ゆら以外に仲がいい女の子がいたのは本当だろう。だけど、本命はあなただけだよ、なんて言われて信じて疑わずに付き合い続けるなんて普通おかしいんだ。体の関係がダメになった話は聞いた。それでも、瀬名裕太との交際は終了しなかった。
何でだろう。
好きって、やっぱりわからない。
だから嫌なんだ。私がどれだけゆらのことが大好きで大事で守りたくても、それは恋愛感情にはならない。私はまた、繰り返すだけ。あいつを失ったときみたいに、諦めなきゃいけなくなる。
「会っちゃダメって、どういうことだろう」
瀬名裕太の浮気相手の女の子の台詞を思い出して、私は足を止める。
冷静になるのは簡単だった。深呼吸をするだけ。人に刃を突き立てるやばい女のくせに、私の思考は落ち着いていた。感情は今すぐにでも瀬名裕太を見つけて切り付けてやりたいけれど、私は結局なにも分からないまま。ゆらがどうして死んだのか分からないまま。何に傷ついて自殺したのか、三好さんは教えてくれなかったから。
ただ、むかついた。私じゃなくて別の男には真実を話していることを。そして私には何も教えてくれないことも、腹が立つ。自分のほうがゆらのことを分かっていると思っているのだろうか。そんなわけない。
そんなわけないのだ。ゆらは私の親友で、何でも話してくれる。
一緒にいた時間はそんなに長くないけれど、何でも話せる良き友人だった。けど、私には何も言ってくれなかった。
私も何も言わなかった。
「愛莉は誰か好きな人とかいないの?」
どうしようもなかった。言えなかった。
ゆらに隠し事があったとしても私は責めることができない。だって、私も話さなかったから。
真実はどこにあるのだろうか。瀬名裕太は本当にゆらの死の真相を知らないのだろうか。どうして自殺をしたのか、なにひとつ気づいていないのだろうか。
人伝に聞いた瀬名裕太の連絡先と睨めっこをして、私は覚悟を決めてコールボタンを押した。「あれはダメだよ手に負えない」「もう後戻りできなくなっちゃう」必死に私の腕を掴んで離さなかった彼女の言葉が反芻する。
「もしもし」
ゆらが私に何を求めているのか、どうしてあの鍵を渡したのか、私は知りたい。ただ、それだけだった。
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