5 嘘つきの遺した爆弾2
「え、愛莉と知り合いなの?」
愛莉を騙すための二つ目の爆弾は、彼女との共通の知り合いだった。高校のときの同級生で、仲がいいわけでも悪いわけでもない。同じクラスだった女の子で、当時学級委員長をしていた彼女から聞いた話が元凶だった。
愛莉の恋人が自殺していた話。仲良くなってもあたしは彼女の口から一度も聞いたことはなかった恋愛関係の話にあたしは衝撃を受けた。
「愛莉しばらく落ち込んでたけど、ようやく立ち直ってさ」
仲良くなった、好きになった人が死ぬってどういうことなんだろう。あたしは彼女からその話を聞いた時に、初めて冷静に考えた。裕太が他の人と幸せになってくれればそれでいいなんて簡単なことを考えていたけれど、愛莉はどうなんだろう。また、親しい人を亡くして苦しんで後悔して自分を憎んで生きていくのだろうか。ミサちゃんを見殺しにしたあたしと同じように。
「ねぇ、お願いがあるんだけどさ」
「え、なに?」
「あたしがもし死んだらさ、首を吊って自殺したって愛莉に伝えてくれない?」
「は? え、どういうこと」
「お願い。最後のお願いだからさ」
あたしは生きてる間は愛莉にはきっと何も話せないと思うから、だから最後にだけ真実に辿り着く道を用意してあたしのことを嫌いになってもらわなきゃいけない。だってあたしは最低な嘘つきだから。愛莉に都合のいいことしか言わない、こんなクズのことはさっさと忘れてほしい。ねぇ、愛莉ならきっと気づいてくれるでしょう。
あたしに気が向いてそうな男をひっかけて、その恋人を唆す。まんまとひっかかってあたしにおんなじ復讐をしようとしてくれた。きっとその彼女が好きなんだろう付き人は、あたしの演技にいいように騙されてくれた。
「病気の進行が他の人より早いみたいで、どう治療してもあと一年は難しいんだって。薬でなんとか持ちこたえられるかも、みたいには言われたけど断った」
実家に帰ったとき、お母さんにすべてを話すとすごく怒られて、めちゃくちゃ泣かれた。親不孝でごめんね、というとお母さんはあたしを優しく強く抱きしめてくれた。
離婚したとき、正直あたしの気持ちなんか何も考えてないのだと思ってたから、愛されていたんだとそのときあたしは初めて実感したのかもしれない。
お母さんには裕太のことと愛莉のこと、二人のことを唯一ちゃんと伝えた。どちらかはあたしの実家に来るかもしれないと。病気で死ぬことは伝えないから、もし亡くなったら首を吊って自殺したことにしてほしいと。
愛莉はあたしの実家に来ると思った。あの話を聞いたとき、ぜったいあたしの死はトラウマになると確信していたのだ。
あたしは実家の自分の部屋の勉強机の引き出しに、裕太とのペアリングと三宅さんと裕太の仲睦まじい写真。これは正直当てつけみたいなものだった。裕太が見てショックを受けたらいいなってそういう感情。最後に三好千晴の連絡先を入れた。これは賭けだった。真実を知りたいなら彼に連絡するはずだし、きっと優しい彼ならもし愛莉が落ち込んで立ち直れなくなったら助けてくれるはずだ。
あたしが死ぬ前の最後の誤算は、三宅杏奈が振られたことだけだった。
裕太が何を考えていているのか、分からなくなった。三宅杏奈がうまく彼を洗脳して落としていたことはなんとなくわかっていたし、すべてが上手くいってるのだと思っていた。
でも、彼女の口から出た「殺されそうになった」という話は、嫌な予感をさらに加速させた。「逃げて」これまでさんざん利用しておいて何を言ってるのかと怒られるかもしれない。だけど、結局あたしは何もできずに死んでいく。
洗脳がとけて彼が戻っていることなんて、あたしは知らないから。気づいてないから。そうやって、嫌なことから全部目を背けた。
「許さない」
あたしは自分を許さない。親友も関係ない女の子も巻き込んで、地獄まで道連れにしようとした。裕太がいつあの頃の凶暴性をもった人間に戻ってしまうかわからないのに。あたしは自分がさぞいい彼女のように演じて騙した。
優しい自分を殺したい。あたしは結局悪役になりきれない。酷い最低な女になって、恨まれるのが怖くて、愛莉にも何も言えない。死んだあとにばれるのも本当は怖い。
許されない。あたしは、ミサちゃんを見殺しにした時からずっと、一生許されないのだ。
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