4 嘘つきの遺した爆弾
人生で本当に幸せだって感じられる時間って割合でいうと、たったの2,3パーセントぐらいだと思う。大体の人間は他の人間の「幸せ」と自分の「幸せ」を比較して悲観するから。
みんな人の幸せを羨ましがって妬んで、自分を正当化させるために簡単に人を傷つける言葉を吐く。だって楽だもんね。
「あたしが可愛いってちやほやされてるのは今だけなんだよなぁ」
「そうかな。そんなことないと思うけど」
「でも、あたしがおばさんになったらきっと高校の同窓会とかで馬鹿にされるよ。あの時は可愛かったのにね~って」
「ゆらは可愛いよ。そんなこと言う奴いたら私が駆逐してあげる」
桐島愛莉という少女は「普通」の女の子だった。高校の同級性だったらしいけれど、あたしの記憶にはない。クラスは一度も同じになったことはなかったらしい。
あたしが当時、変な噂を立てられまくっていたおかげか学校内ではかなりの有名人だったらしく、彼女はあたしが名乗るとすぐに「○○高校の笹原さん?」と母校の名前を出してきた。愛莉はあたしとは性格が真逆と言ってもいいほど、大人しくて優しくて恋愛に無頓着だった。
電車内での痴漢行為を助けてくれたのが愛莉と出会ったきっかけ。触られてることに声があげられない自分が情けなくて恥ずかしくて、皮膚を生暖かい手がなぞる感覚が気持ち悪くて、愛莉が助けてくれるまで何もできなかった自分に腹が立った。本当にやばい、と思ったときは声が出ないということを、あたしはそのとき初めて知ったのだ。
「もう、大丈夫ですよ」という愛莉の言葉にあたしは安堵して思わず泣いてしまった。自分がこんなにも何もできないか弱い女だと思ってもみなかった。思いっきり泣いたあとに、彼女にお礼という名目でカフェに誘った。そこで、あたしは彼女が高校の同級生ということを初めて知ったのだ。
愛莉はごく普通の一般的な女の子だった、けれど少しだけ会話をすると違和感が邪魔をする。彼女は理想的な友達だった。欲しい言葉をくれる、嬉しいことがあれば一緒に喜んでくれて、悲しいことがあれば一緒に泣いてくれる。まるであたしの望みで作れらたお友達ロボットみたいな子だった。
今まで友達はできても、みんな男がらみですぐにあたしの元を去っていったから、関係が続く愛莉の存在は新鮮ですごく心地よかった。
ただ唯一、彼女は恋人の裕太の話をすると反応が薄くなる。どうでもいいことのように軽く流すのだ。「そういえばさ」と話題を変えるのが日常になってきて、あたしは勝手に愛莉には恋愛関係で何かトラウマがあるのだと思っていた。
裕太にあたしが「椎名ゆら」という昔の名前をしられたとき、あたしは酷く動揺していた。恋愛話を嫌う愛莉にすぐにSOSを出すくらいには焦っていた。きっと本当のことを全部話してしまうと「なら、別の恋人を探せばいいんじゃない?」と返答がきそうであたしは怖くて彼女に嘘をついた。愛莉を騙すための一つ目の爆弾だった。
「裕太が浮気してたみたい~」
それがいつか本当になってもあたしは何も文句は言えないし、きっとそのほうが将来のことを考えたらいいのかもしれない。裕太が好きでいてくれる可愛い笹原ゆらを演じることを、このときぐらいからだろうか諦めていたのだろう。
あたしは悪者になりたくなかった。椎名ゆらだという事実を思い出されたくなかった。黒歴史を隠すために、あたしはずるしかしなかった。だから天罰が下ったんだ。
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