15 フレッシュ

「ちょっと時間が厳しくなってきたかも」


 空は灰色で今にも雪が降りそうな天気だった。病院帰りのゆらちゃんが大きなため息をつきながら頭を抱える。


「延命治療とかに変更するとか、そういうのはできないの?」

「いやぁ結局それでも、あともって一年いけるかどうかみたいなかんじっぽいし。思うように体が動かなくて誰かに介護されなきゃ生きてられない、そんな人生あたしは要らないな」

「ゆらちゃんがさ、いなくなっちゃったら悲しむ人はいると思うよ」

「三好さんは悲しんでくれる?」

「そんなの、」


 前に会ったときより彼女の体は細く華奢になっているように感じた。

 くしゅんと彼女がくしゃみをして、僕は車のうしろに乗せていたブランケットをとって彼女のひざにかける。ゆらちゃんはにっこりと笑って「ありがとう」とお礼をいうだけ。僕が言葉を詰まらせたことに何も言わなかった。


「あー、でも親友は悲しんでくれるかも。自信ある」

「親友?」


 ゆらちゃんの口からはじめて出たそのワードに僕は思わず反応する。


「そう、あたしが最後に残した爆弾なの」


 ゆらちゃんは、一人の少女の名前を出した。

 桐島愛莉、という高校時代の同級生らしい。

 爆弾ってなに、と尋ねるとゆらちゃんは何も言わずにかぶりを振った。何も言いたくないらしい。ただ、彼女はその親友のことを「世界で一番大切な人」だと言った。瀬名よりも、と聞くと一瞬戸惑ったけれど「そうかも」と笑った。

 彼女は何も話してくれなかったけれど、桐島愛莉との思い出だけは楽しそうに語ってくれた。話を聞いただけでは「ただの仲のいい友達」にしか思えなかったけれど、彼女はしきりに桐島愛莉のことを「いい子」だと言った。それが妙に気持ち悪かったのを覚えている。

 「もし、あたしが死んだら」ゆらちゃんが、話をぶった切るようにいきなり大きく声を張り上げた。「桐島愛莉との接触を三好さんにはお願いしたいの」彼女から視線がはずせなかった。真剣なその瞳に僕は自然と唇を強く噛んでいて、分かったと声を漏らしていた。


「あたしはすごくすごく悪い子だから、親友の幸せを願ってあげられないの」


 



 杏奈と瀬名は順調に上手くいっているように見えていた。僕の視点からは。

 だけど、それは唐突に終わりを告げた。僕の部屋に勝手に上がり込んでいた杏奈は、ずっとずっと泣いていて「どうしたの」と聞くと、大粒の涙をこぼしながら「振られちゃった」と一言。あんなにうまくいっていたのに、どうして急に。違和感と、ゆらちゃんの死はほぼ同時に進行していた。

 僕は杏奈を慰めることで精いっぱいで、ゆらちゃんと連絡を取る機会が減っていった。ゆらちゃんが久しぶりに連絡をくれたのは、彼女が死ぬ一週間くらい前。


 「ごめんなさい」という件名で。



 短く一文。「愛莉を助けてあげてください」

 それから、笹原ゆらからの連絡は二度と来ることはなかった。

 

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