14 メドゥーズ

 「長くない、って何が長くないんですか」


 世間的なその言葉の意味が分かって、僕は少し動揺した。彼女はやっぱり笑うのだ。


「持病が悪化して、あんまり長生きできないんです」

「え、と」

「だからあたしは裕太があたしがいなくなったあとにも、ちゃんと幸せになる道を探してほしいんです。新しい恋人、とか」

「それって、瀬名さんには言ってるんですか?」

「いうわけないじゃないですか。いわないですよ、瀬名さんも口外しないでくださいね。信用してます」


 初対面の人に「信用」という言葉を使うのに違和感を抱き、彼女に少し問い詰めた。笹原ゆらはどうやら一方的に僕のことを知っていたらしい。


「三宅さんの送り迎えとかしてる人だから、執事さんとかかなって。仲良さげだから最初は彼氏なのかなって思いましたけど、裕太と三宅さんがそういう関係になってからわりとしっかり陰から見てるし、あ、見守ってるっていったほうが正しいのかな。あたしとおんなじ動きをしてるから笑っちゃって」


 杏奈と瀬名が立ち上がり、会計の方に向かう。彼女も俺と同じように視線を動かしていた。「そろそろ行きます?」彼女が伝票を持って立ち上がろうとしたので、僕は焦って伝票を取り返す。彼女はぺこりとお辞儀をして、思い出したように僕にメモを渡してきた。彼女の連絡先が書かれたメモだった。






「最近特にいい感じなんですよね、三宅さんと裕太。このまま上手くいかないかな」


 笹原ゆらは自分が死んだあと、瀬名裕太の精神状態のサポートができる人間を探しているらしい。自分の恋人なのにそれを楽しみながらやってるあたり、正直瀬名のことを本気で愛しているのかよくわからなかった。いま一番瀬名と上手くいってる人間が杏奈らしく、彼女はどうにか長続きするよう僕に杏奈をうまく誘導してほしいと頼み込んできたのがそれから一か月も経たない間のこと。


 

「ゆらちゃんさ、本当に瀬名のこと好きなの? なんか普通に別れたいだけに見えてくるけど」

「そんなわけないじゃないですかぁ。っていうか、諦めなんですよ、自分が悪いから。割り切らなきゃいけないことってあるじゃないですか」

「ゆらちゃんが瀬名に何か悪いことをしたの?」

「あたし、裕太に持病のこと言ってないって話したじゃないですか」

「うん」

「一番はじめに持病が悪化したタイミングで治療しなかったんです。まだいけるかな~みたいな油断、っていうか何の根拠もない「若さ」っていう自信で、結局親泣かせちゃったし、ああ自分って本当に馬鹿だなって」


 いつもニコニコ笑ってる彼女の表情が、すこし硬くなった。

 

「願わくばずっと裕太と一緒にいたいし、裕太の隣にいるのはあたしであってほしいし、他の女と一緒にいる彼を殺してやりたいし、自分が今やってることが馬鹿らしいって諦めて、死ぬまででいいから一緒にいてほしいって縋ることができたらいいのに」


 彼女の目の縁に涙が溜まっていて、消え入りそうな声で「無理なんだなぁ」と呟いた瞬間、僕はやるせない気持ちで苦しくなった。

 もう後戻りができないところまで来てしまった彼女にどう声をかけようとも、彼女は引き返すことはないだろう。


「あたしもやばい奴だけど、裕太も相当やばい奴だから、ほんと似た者同士」


 彼女の落っことしたその言葉がすべてだった。

 何を目的にゆらちゃんが動いているのか、僕はこのときちゃんとわかっていなかったのだ。彼女がこんなにも真剣になって選んでいたのは瀬名の新しい恋人候補なんかじゃない。犠牲者だ。

 求めているのは瀬名の暴走を食い止めることのできる、ただの笹原ゆらの代用品。


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