13 ピーチ

「……三宅さんのお知り合いのかたですか?」


 息ぴったりに合った声の主はひとりの少女だった。大きめのメガネをしていて少し顔を隠しているけれど結構な美少女で、杏奈にも負けないくらい綺麗な顔立ちをしていた。僕は声をかけられて動揺したのか「あ、はい」と極秘任務にも関わらず口を滑らせてしまう。彼女は僕の頷きにニコリと笑って「そうなんですね。あたしもです」と答えたあと、僕の腕をぎゅっと掴んで歩き出した。


「……え。あのっ」

「ちょっと、あそこのカフェでお話しませんか。ほらそこの」


 強く腕を掴まれすぎて正直痛くて声が出そうだったけれど、僕は有無を言わせぬ彼女の行動力に負け、彼女に連れられるがままに歩き出す。

 そのカフェは、杏奈と瀬名が先ほど入っていったカフェだった。入店時、ばれないように必死に顔を背け、ひっついた彼女は僕に隠れながら適度に距離がある席に座った。僕の正面に座った彼女は、ふぅとため息をついてかけていたメガネをはずした。大きなぱっちりとした瞳が僕を見つめる。視線が合って、彼女は笑い「これ、伊達メガネなんです」と言った。ただ、僕が知りたいのはそういうことではない。


「あの、初対面ですよね?」

「初対面ですね」


 僕の神妙な面持ちも全く気にすることなく彼女は笑う。年齢は杏奈と同じぐらいだろうか。そう思った瞬間、僕は嫌な予想をしてしまった。考えたくない余計なことだ。

 僕はとりあえずベルを鳴らして店員に珈琲を頼む。彼女も同じように珈琲を注文し、開いたメニューのページに載っていた美味しそうなチョコケーキも一緒に頼んだ。僕は正直気まずくて、声に出すのも憂鬱だったけれど、彼女が何も言わずにただ笑っているだけだったから仕方なく口を開いた。


「笹原、ゆらさんですよね」


 僕が杏奈からよく聞いた名前を口にすると、彼女はまたにっこり笑って「そうなんですよ」と言った。彼女の感情が分からずに僕は動揺して、席に置かれた珈琲を一気に飲んでしまった。苦みが口の中に広がって、いつもなら美味しいと思うのに味がしなかった。


「三宅さんのこと、つけてましたよね。あ、つけてたのは裕太のほうですか?」

「え、と」

「ちなみにあたしはどっちもです。どんな感じかなって」

「……えっと、あの」


 彼女の言葉の意味が分からずに、僕はずっと動揺していた。

 杏奈から聞いていた話では、瀬名裕太は笹原ゆらの恋人であるはずで、普通なら彼氏が他の女と逢引きしている姿を見てこんなにもニヤニヤするだろうか。そもそも本命以外とも関係があるようなクズ男と付き合っているから、この子も相当やばい子なのではないか。頭の中では何の整理もできず、今にも爆発寸前だった僕を見て、彼女は「ごめんなさい」とさっきまでとは違ったおとなしい表情を見せた。


「ちょっと強引でした。もしかしたら、あなたがあのデートを無理やり止めに来た人かと思って引きはがそうとしてしまいました。初対面なのに、失礼なことをしてしまったかもです。すみません」


 彼女はそのまま珈琲に口をつけて、気まずいのか無言でチョコケーキにフォークを突き刺した。


「笹原さん、瀬名さんの恋人、ですよね。これ僕の勘違いですか?」

「……いえ、合ってますよ。付き合ってます」

「ただ恋人の浮気現場を覗きに来たってことですか?」

「違いますよ~。あたしは裕太の新しい恋人の候補を探してるところなんです」


 笹原ゆらはにっこり笑って爆弾を落とす。人が理解しがたいことを平気で口にするのだ。僕は何も言葉を返すことができず長い沈黙が流れる。笹原ゆらが悲しげに笑って「あたし、もう長くないんです」と告げた。それがすべてのはじまりだった。

 

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