3 ベビーピンク

 出会ったのは高校を卒業して半年が経った頃。先輩の手伝いでライブハウスの受付をさせられていたとき。彼女の推しバンドの半年ぶりのライブがちょうど俺のバイト先のライブハウスでやってたらしく、彼女とはそこで初めて言葉を交わした。

 第一印象はすごい美人。隣にいた友達もそこそこ可愛かったけれど、レベルが違うと思った。栗色のふわふわの髪をポニーテールにしていて、ちらりと見えるインナーカラーのピンクがとても似合っていた。受付でチケットを貰ったとき、正直愛想のない奴だなとは思ったけれど、それよりも可愛いという感情が勝っていた。

 ドア越しにライブが盛り上がっているのが分かる時間帯、彼女はひとりでこちらにやってきた。体調があまり良さそうじゃなかったから、ひとまず声をかけてみると少し酔ったみたいだった。


「大丈夫っすか?」

「……すみません、だいじょうぶ、です」


 顔色もあまり良くなかったから、俺は店長に連絡を入れてコンビニに水を買いに行った。ぐったりとしてる青い顔色の彼女に水のペットボトルを渡すと、彼女は小さく「ありがとう」と言って水を口に運んだ。


「すみません。お礼、今度させてください」


 彼女の言葉に正直、ラッキーだと思ってしまった。こんなにも可愛い女の子とまた会えるなんて、俺の人生も捨てたもんじゃない。ありがとう、いつも俺を扱き使う先輩。今日だけは先輩に感謝します。

 連絡先を交換して、俺はその日の夜に彼女に連絡を入れた。また、絶対に会いたかったから。


「今日は本当にありがとうございました。あたし、笹原ゆらです」




 笹原ゆらは俺と同い年の18歳で、近くの服飾の専門学校に通う一年生だった。あの出会った日からもうアプローチを重ね、一か月の月日を経て交際するまでに至った。が、彼女の性格には難があるというか、学生時代はどうやって集団生活を生き抜いてきたんだというくらいの我儘お嬢様で、俺は正直彼女の犬に過ぎなかった。


「あんなに可愛かったゆらはどこに行ったんだろう……」

「何言ってんの。可愛いゆらちゃんは今きみの隣にいるじゃん」

「いやいや、可愛いゆらちゃんはお泊りデートの前日に推しの対バンにライブに行くってドタキャンしないし、俺の誕生日プレゼントを買おうとして百貨店に行って自分の気に入ったブランド物のバッグを買ってこないし、俺が好きって言ったら「あたしもだよ」って返してくれるんだ絶対」

「最初の二つは悪かったってちゃんと謝ったじゃん。っていうか、こんな公共の場所でイチャイチャするなんて恥ずかしいんです~分かんないかな裕太くんは盛りのついたお子ちゃまだから」


 ゆらは今まで何人かの恋人がいたみたいだけど、長く続いたことはなかったらしい。付き合って分かったのは彼女は極度の恥ずかしがりやだということ。初めてキスをしたときも耳を真っ赤にして、しばらく俺の方を見てくれなかった。初々しいゆらが愛らしくて、後ろからぎゅっと抱きしめると「ばか」と小さなお怒りの声が返ってくる。

 その日もゆらは俺の手の上にそっと手のひらを重ねて、ゆっくりと絡めた。ちらりと彼女の方を見ると、やっぱり耳まで真っ赤で、彼女の横暴お嬢様な態度はただの照れ隠しなのだと思い知らされる。


「好きだよ、ゆら」


 俺の言葉に彼女はそっと首をかくんと傾けて俺の肩に寄せた。


「あたしも」


 ゆらは我儘で高慢で、俺のことを犬扱いしてくるけれど、それでも俺のことが好きだと精いっぱいに求愛してきてくれる。初めて一緒に眠ったとき、彼女の天使のような寝顔を見て、俺は彼女とずっと一緒に生きていきたいと思った。

 ずっと彼女を守っていきたいと思った。



 ゆらを裏切るその日まで、俺はそんな馬鹿みたいな幻想を抱いていたのだ。

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