37 アキレア
「ゆらちゃんは、君のこと本当に大好きだったんだね」
三好さんの言葉に私は上手く返答ができなかった。ゆらは最後まで私のことを考えて行動してくれていたのに、私は感情に任せて人を傷つけようとしたんだ。勝手にゆらを不幸にして、彼女を苦しめた人間を許さなかった。
だけど、そんな人はいなかった。ゆらがずっと浮気をしていると嘘をついていたこと。寂しいと言ったこと。それでも彼氏が好きだと言ったこと。全部、本当のことだった。
「そんなの、もう分かんないですよ」
瀬名裕太のことを私に教えてくれなかった。言えなかったことだったのだと思う。私も比呂のことを言わなかったから同罪だと思う。
だけど、死んじゃうんだったら教えてほしかった。彼女がずっと一人で抱え込んでいたことも、一人で泣いていたことも。私は何一つ知らなかった、親友だったのに。
「瀬名さんは、何でついてきたんですか」
「……」
三好さんの純粋な疑問に、瀬名裕太は面倒くさそうな顔で彼をじっと睨みつける。
「結局は杏奈のことを傷つけただけですよね。被害者面するのはずるいですよ」
「それはお前も一緒だろ。ゆらのこと知ってて何も言わなかった、全部ゆらの言葉を真に受けたんだろ。可哀想に、お前も三宅杏奈も一緒だよ。あいつの操り人形で終わったんだ」
「……そんな、そんなことはないです」
棘のある言い方だなとは思ったけれど、彼の言葉に間違いはなかった。三好さんも、三宅さんもゆらにいいように動かされていただけだったから。
三好さんは言葉を詰まらせて珈琲のカップに口をつける。
「ゆらのこと、ちょっとは好きだったんじゃないですか」
私がぼそりと呟くと、三好さんは大きく目を見開いた。唇が震えていて「そんなわけないです」と否定はしたけれど、かなり動揺しているように見えた。
優しさの裏には下心がある。むかし、ゆらが教えてくれた言葉だ。そして彼女はよく言った。利用できるものは利用するべきだと。彼女はとてもしたたかな女だった。三好さんの感情なんて思いのままに動かせたのだろう。
「三宅杏奈の気持ちも全部わかったうえで、それでもゆらがよかったのか?」
「……杏奈は、そういうのじゃありません」
「でも、彼女にとってはお前が王子様なのに?」
「杏奈はいずれ決まった相手と結婚します。僕と杏奈の関係は付き人と主人でしかないんです」
「お前がもうちょっとちゃんとしてれば、三宅杏奈は自暴自棄になって俺みたいな人間と関わることなかったのにな」
三好さんは黙りこくってしまって、そこで会話が終了した。瀬名裕太は相変わらず余計なことを言う。
私は瀬名裕太の頭を一度強く叩き、伝票をもって立ち上がる。
「お話、ありがとうございました。あと、三宅さんには怖い思いをさせちゃったので、三好さんの方から私が謝ってたって伝えておいてもらってもいいですか」
瀬名裕太を引きずって私はカフェを出た。三好さんはしばらく席に座ったまま、動かなかった。
「俺、間違ったことは言ってない」
「正論を言うことが正解なわけじゃないですからね」
帰り道、瀬名裕太がぼそりと呟いた文句に私はそう返答した。
むっと怒ったような表情をしている瀬名裕太は子供っぽくて、同い年とは到底思えなかった。だけど、ゆらの病気を教えてもらえなかったことにむかついているのは私も同じだ。掴んでいた手がゆっくりとすべっていって、私は彼の手を握る。それに気づいたのか、彼もぎゅっと強く握り返してきた。
「知らなきゃいいことって世の中いっぱいあるじゃん」
「ありますね」
「でも、ゆらの病気のこと、恋人なのに何も知らなかった」
「私も親友なのに何も知りませんでしたよ」
「寂しい、と思うのは、俺の感情なんだろうか。あいつが求めた裕太くんの感情なんだろうか」
「さぁ、私には分かんないです」
瀬名裕太の手はごつごつしていて、大人の男の手だった。
彼のことをどうしても失いたくなかったくせに、彼のことを最後まで誰かに託したかったゆらの気持ちなんて分からない。
鼻をすんと鳴らしていたけれど、彼が泣いていたのかは知らない。私も視界がぼやけていて、良く見えなかったから。
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