36 ペッシュ

「爆弾、なんて、ほんと酷いですよね。ゆら」


 思い出すのは彼女の笑顔。

 私に嘘をつき続けた彼女の笑顔だった。


 比呂を傷つけたことに対する罪悪感は日に日に大きくなっていった。私のことを忘れて幸せになる未来が一番だと思った。最低な私のことなんか忘れて、彼を本当の意味で愛してくれる人を見つけることができたなら。

 でも、結局は自分が楽になりたいだけの、独りよがりな考えだった。


 私のことを忘れないで、ずっと好きでいてほしい。ずっと、私の大切な人でいてほしい。私だって比呂のことが好きだ。私のことを忘れたとしても、それでも私は彼のそばにいたかった。でも、それでも、私は彼と同じにはなれない。

 愛って難しい。たくさんの「好き」の種類で、それが一致しなければ、どちらかが傷つくことになる。私は彼を傷つけてでも、ずっと一緒にいたかったんだ。


 あぁ、思い出すだけでも最低で、死んでしまえばいいと思う。こんな私なんか。




 比呂と別れてから酷い人生を送っていた。心の中にぽっかりと穴があいたような人生だった。ゆらと出会ってから、それが大きく変わったわけではない。ゆらがその心の隙間を埋めてくれたわけではなかったけれど、徐々に私の生きる理由のひとつにはなっていった。

 ゆらに比呂の話をしたことはない。ゆらが幸せそうな恋人との話をしているときに、話す話題ではないと思ったから。恋愛は楽しいよ、と笑う彼女に私はそうだね、と相槌をうつだけで精いっぱいだった。

 

 私が酷く荒れたのは比呂から手紙がきた日のことだ。

 別れてから1年以上は経っていたと思う。私のことを覚えていたのか、それとも思い出したのか、びくびくしながら封を切った。

 手紙には転院先の病院を退院したこと、その節はお世話になったお礼が書かれており、私とむかし付き合ってたことは全く思い出していないようだった。記憶の方は明日思い出すかもしれないし、一週間後、一年後、一生思い出さないかもしれない。先生からそう言われていたけれど、手紙を読むと心が酷く苦しかった。

 夢だった海外へ留学するという内容が書かれていて、元気そうな彼の写真が一枚一緒に添えられていた。笑顔の比呂の写真。私のスマホにたくさんある彼の写真より少し大人びた、笑顔の彼を見て私は何でか分からないけれど泣いてしまった。悲しい話じゃないはずなのに。彼が未来に向かって進み始めた喜ばしいニュースのはずなのに、私は最低な人間だからすごく寂しかった。


 自分から手を振り払っておいて、本当に酷い奴だと思う。

 その日、私はゆらに電話をしたのだ。とても悲しいことがあって、死にたくなったと話すと、彼女は真剣に私の話を聞いてくれた。でも、比呂のことは話せなかった。ちょうど、そのとき彼女も恋人の瀬名さんと上手くいってないタイミングだったから、どうしても言えなかった。


「ダメだよ。愛莉がいなくなったら、あたしが寂しいから嫌だ」


 彼女の言葉は強く優しい。でも、子供みたいだった。

 

「じゃあ、こうしよう。ずっとあたしが一緒にいる。ずっと、あたしが友達でいるからさ、一緒に生きよう」


 電話越しのゆらの声に私はまた泣いてしまった。彼女の言葉にくすんだ私の心が浄化されていく。友達なんて永遠じゃない。恋人優先だろうし、結婚したり出産したりしたら私のことなんか構ってられないだろうに、守れない約束になっちゃうよ、私がそう言うとゆらは大きな声で否定した。ノイズキャンセルが入ったのか、最初は聞き取れなかったけれど、それが面白くて私はつい笑ってしまった。


「あたしたちはずっと友達だよ」


 約束は守られない。分かっていたのに、私はその約束に縋っていた。大事にしたかったのだ、ゆらの言葉を。私の心を救ってくれたゆらのあの言葉を。


 

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