35 バフ
カフェに向かうまでの道中、あまりにも会話が弾まずに私はずっと地面と睨めっこしながら歩く。途中で話題に出た三宅杏奈という女性の話のとき、瀬名裕太の発言に違和感があって私は思い出したように聞き返した。
「王子様のキスって?」
「今から会いに行く王子様だよ」
私は何も知らない。ゆらのことだけしか知らない。
待ち合わせの時間十分前に着いたとき、もう先に到着していた三好さんはこちらに気づいたのか軽い会釈をして、手に持っていたスマホをポケットの中に入れる。
「お待たせしました」
「いえ、僕も今来たばかりです」
初めてあの日、カフェで会ったときとは雰囲気も空気感も違う。誠実そうな大人の男性。三好さんは私の隣にいた瀬名さんにも軽く会釈をして、そのまま店の中に入っていった。私たちも続くように店内に足を踏み入れる。
「話って、何かな。君が僕に聞きたいことがあるなら、僕はもう知ってることは全部話してもいいよ。君が覚悟を決めて、ゆらちゃんの後追いみたいな馬鹿なことを考えないって約束するなら」
席に座った瞬間、耳が痛くなるような一言が振り下ろされた。
私はどう返答すればいいのか少し悩んで、隣に座った瀬名さんをちらりと見た。だけど、あまりにも何にも考えてなさそうな表情をするから拍子抜けしたのかもしれない。こちらの瀬名裕太にとってゆらの死因はどうでもいいことだろうし、知りたかっただろうもう一つの人格も結局真実を知って後戻りができなくなるのが怖いだけのただのヘタレだ。
「死にませんよ。私は」
「ほんとに?」
「ゆらから何を聞かされてたかは知りませんけど、私はゆらの望みを重荷には思ってませんし、彼女が望むならこの荷物を預かる覚悟はできてます」
「……荷物っ、か。そっか、そうだよね」
私がちらりと隣に視線を送ると、彼はきょとんとしていて、対面に座った三好さんは堪えられずに吹き出していた。
「ゆらちゃんは自殺じゃないよ」
「……」
「昔から喘息もちだったりして体が強くなかったみたいなんだけど、そのせいもあって病院嫌いな性格だったから一人暮らしを始めてから体調を崩しても一切病院に行かなかったらしいんだ」
「……持病の、悪化とかですか」
「うん、そうらしい。もっと早く医者にかかっていれば違う未来もあったかもしれないけれど、ゆらちゃんはひとりで生きていけない体でこれから先どういう未来を望めばいいかわからないって言ってた」
「ゆらが望んだんですか。死ぬことを」
「望んでないよ。諦めていただけ。ただ、彼女にはずっと気がかりだった存在がいた。僕は彼女が亡くなったあと、その子のフォローを頼まれただけだから」
「それが、私ですか」
三好さんはゆっくりと首を縦に振った。
「彼女は君のことを最後に残してした爆弾って言った」
「ばく、だん」
「正しくは残してしまった、爆弾なんだと思う」
ゆらはどこまで気づいていたのだろう。この人に何をお願いしていたのだろう。
私は死に際まで彼女のことを苦しめていたのかもしれない現実を受け入れることができなかった。ゆらはきっと責任をとろうとしてくれたんだ。
ゆらが私が死ぬことを許さなかったあの日、彼女は約束してくれた。ずっと、あたしが一緒にいるから一緒に生きよう。あの約束を、反故にされたことを私が怒ると思ったのだろうか。それとも簡単に後を追って死んじゃうと思ったのだろうか。
そんなことないのに、とは死んでも言えない。
私は上手く話せずにごくりと唾を飲み込んだ。
二度とあの日には戻れない。ゆらが私に泣いて電話をし来た日、それが彼女を一番苦しめたのかもしれない。私が投下したんだ、彼女が死んでしまう爆弾を。
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