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38 ミスティピンク
「やりてえことがあるんだけど」
瀬名裕太から連絡があったのは、最後に会ってから一か月以上経ったある日のことだった。人にものを頼むときの態度とは思えない高圧的な振る舞いに、こんなクズを好きになったゆらは本当に見る目がないし、不憫だったと思う。
何がしたいの、と聞くと彼は困ったように口ごもり、最後に小さな声で「ゆらの墓参り」と言った。はっきり言えよ、とは思ったけれど、彼もゆらを殺したいくらい憎んでいた人間だったから、それも仕方がないことだったんだと思う。
「ゆらのお母さんとは知り合いなんだよね」
「小さいころはな。けど、ほとんど覚えてねえ」
「綺麗な人だよね、ゆらのお母さんって感じがして」
「そうか。……あんま、覚えてねえけど、まぁ思い出したくないだけだったからか」
電車に揺られながら、窓の外の風景を見る。地元に戻るのはだいぶ久しぶりだった。見慣れた町も少しずつ変わっていく。それがいつか当たり前になるんだろう。
先にアポをとっておいたお陰で、チャイムを鳴らすとゆらのお母さんはすぐに出てきてくれた。にこりと笑ってお辞儀したゆらのお母さんは前に見たときより、また少し瘦せたように感じた。わたしのうしろにいた瀬名裕太と視線の合ったゆらの母親が、目を大きく見開いて「もしかして」と言葉を漏らす。瀬名裕太は大きく頭をさげて「お久しぶりです、裕太です」と挨拶をした。
大きくなったね、と優しい表情を見せるゆらの母親とは正反対に瀬名裕太の顔は緊張しているのか視線が安定していなかった。
リビングに案内されて、ゆらのお母さんはお茶を準備するとキッチンの方に向かった。そのあいだに私たちは仏壇でお線香をあげさせてもらう。写真たてにはゆらの元気だったころの笑顔の姿が映っていて、瀬名裕太はなんともいえない表情をしていた。恋人だったときの記憶でも思い出しているのだろうか、線香をもった手が少し震えているように見えた。
「付き合ってたんだってね、ゆらと」
それはそれは、おおきな爆弾がいとも簡単に投下された。ゆらの母親がお茶を席に置きながら、世間話でも始めるような軽さでその話題を出した。
私も瀬名裕太も思わず黙りこくってしまって、お互いに顔を見合わせる。
「ゆらから、聞いてたんですか」
「そうね。亡くなる前に、懺悔したいことがたくさんあるのって、うちに帰ってきたの」
「じゃあ、ゆらのお母さんは自殺じゃないって知ってたんですね」
「あの子、ほら、すごく我儘でしょう。最後まで嘘をつきとおすつもりだったのかな。できっこないのにね」
ゆらが病気だったことを、ゆらのお母さんも知らなかったらしい。病気の判明も悪化も、余命がわずかになってから教えられたみたいだ。
「あの子、ほんとうに裕太くんのこと大好きだったのよ」
ゆらが大事だったのは、最後まで瀬名裕太だった。紛れもない事実だ、それが。
どれだけ私がゆらのことを想っていようとも、ゆらが私のことを大事に思っていてくれても、結局は私は彼女にうまく利用されただけの人間だった。わかっていた。それでもいいと思った。ゆらが私を救ってくれたぶん、私が恩を返す番だと思ったのに、ただその事実が心に刺さって痛かった。
「じゃあ、帰りにお墓参りだけさせてもらいますね」
「あ、そうだ」
帰り際に、ゆらの母親から一通の手紙を渡された。瀬名裕太がこの家に来たときに、私に渡してほしいとお願いされたらしい。変な話だと思った。
瀬名裕太に向けての手紙じゃないのはなぜだろう。可愛いピンクの便箋には、愛莉へとゆらの字で書かれていて、私はすぐに開けれなくてそのままバッグに片づけた。
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