39 ロマンチックモーブ

「愛莉へ


 裕太からこの手紙を貰ったということは、愛莉は裕太と会えたかな。

 愛莉から見た裕太はどうですか。あたしの恋人は言ってた通りすごくかっこいいでしょ。って、そんな話を聞きたいわけじゃないよね。手紙も長くなりすぎると読むのしんどくなっちゃうと思うから簡潔に書こうと思います。あんまり文章上手じゃないから、読みにくい手紙になってたらごめんね。


 愛莉はいま、どこまであたしの嘘に気づいたかな。裕太と接触したってことは、きっと今まであたしがたくさんの嘘を愛莉に言ってたことがばれてると思う。愛莉の記憶だけでもいいから、いい友人でいたかったんだ。最低だね。


 そうだ、引き出しの中はもう見たかな。愛莉なら裕太より先にあたしの家に来てくれると思って情報をひとつ。三好さんというあたしの知り合いにつながる情報を書いたメモを残しています。裕太があたしが死んだあとどうなってるか分からないから、あたしのことをちゃんと冷静に伝えてくれる人に色々お願いしてるので、困ったら彼に連絡してください。でも、きっと愛莉ならこの手紙より先に気づいて彼と接触してるとあたしは予想してる。あたしの勘はよく当たるんだよ。


 裕太からもしかした話は聞いてるかもしれないけれど、あたしは裕太とは幼馴染だったの。あたしは彼の妹が海で溺れるのを見てるだけの、何もできない子供だった。助けに行こうとする裕太を必死で引き留めて、彼に殺されるくらい殴られて、それでも彼に死んでほしくなかった。あたしはあのときから裕太のことが好きだった。

 でも結局はあたしは裕太から妹を奪った最低な人間で、裕太と再会したとき彼はあたしのことを何にも覚えてなくて、なんなら好意まで見せてきて、最低なあたしはチャンスだと思ったの。何にも覚えてない裕太が、あたしの恋人になってくれる。いつか終わるかもしれない幸せに縋っちゃった。なんでだろうね。


 裕太にはあたしがいなくなったあとも、幸せになってほしかった。騙して一緒にいた時間、あたしが幸せだった時間は彼から奪い取ったものだから、あたしが死んで悲しむ時間がもったいないと思ったの。だから、誰か別の女の子と付き合ってくれるように色々頑張って仕向けた。けど、何も上手くいかなかった。裕太はどんどん記憶を取り戻していって、むかしの彼に戻っていった。恨みと憎しみの感情がどんどん強くなっていって、もう後戻りできなくなっちゃうと思ったの。


 愛莉には酷なお願いをすることを承知でこの手紙を残します。あたしの愛した瀬名裕太という人間は、あたしが壊しました。大事な妹を奪った上に、彼を騙して恋人にまでなりました。彼が本来手に入れるはずだった幸せな時間を全部、あたしが奪いました。だから、あたしは彼があたし以外の人間と幸せになることを願っています。それが本心じゃなくても。

 裕太はとても優しくて愛情深い人です。すぐに手が出たり、乱暴だったり、イラつくとすぐに表情に出るあの子供のときと何も変わらない裕太も好きだし、犬みたいにあたしに尻尾を振って、あたしのことを優しく抱きしめてくれて、何度も「好きだよ」と言って安心させてくれるそんな今の彼も大好きです。

 彼に幸せになってほしいと思うのは、あたしの我儘かな。ずるいかな。愛莉に、それを任せるのは最低かな、最低だと思う。


 ねぇ、愛莉。愛莉にもあたしは生きてほしい。愛莉が苦しいとき、あたしがもう傍にいられないことを悔しく思う。だから、愛莉にも恋人ができてほしいと思うことがあったの。何回か飲みに行ったときに言ったことあるよね。あたしは愛莉にも新しい恋愛をしてほしいと思ってる。その相手がたとえ裕太じゃなくても、それでもいい。でも、そういう人ができるまでの時間、裕太と一緒に過ごすことを考えてほしいの。彼があたしが死んだことに罪悪感をもたないように、見ててほしい。


 どうか、最低な笹原ゆらの我儘を許してください。

 愛莉、大好きだよ。ごめんね。




 ゆらより」




 電車に揺られながら私はその手紙を読む。涙は出なかった。

 隣で瀬名裕太が大きな欠伸をしている。私はゆっくり目を閉じた。

 

 

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