7 アマランサス

 キーケースに残ったままのゆらが渡してきた鍵を取り出して、私はそっと鍵穴に鍵を合わせた。飲み込まれるように鍵は中に入り込み、私はゆっくりと右に回した。カチャ、という小さな音がして私はごくりと息をのんだ。

 引き出しをあけると、中から三つのものが出てきた。


 一つは指輪。ゆらが彼氏から誕生日に貰ったと言っていたシルバーのペアリング。指輪は箱に入れられることもなく、そのままの姿で無造作に引き出しの中に入っていた。

 二つ目は、白い封筒。中には数枚の写真が入っていた。女の子の写真だった。歳は私たちと同じぐらいで、三枚目ほどの写真にはゆらの恋人の瀬名さんと仲睦まじく映っている様子が写されていた。浮気の証拠写真だと思った。

 三つ目はメモ帳の切れ端に書かれた情報。人の名前と、連絡先のようなもの。


 ゆらが私にこの鍵を渡して何をしてほしいのか、正直分からなかった。

 だけど、ゆらの恋人が私を訪ねてきたということは、この引き出しの中に理由があるのだろう。

 単純にこれだけを見れば、ゆらが浮気をされて絶望して死んだようにも見えるけれど、ゆらはそんな女ではなかったから、だからこの違和感は拭えないのだ。


 この浮気の写真が何なのか、写真の女の子が一体誰なのか。

 ゆらが何故死んだのか。瀬名さんはどうして執拗に「ゆらの死の理由」を知りたがったのか。


 別に知らなくてもいいことだと思う。だって、ゆらはもうすでに死んでいるのだから。彼女が帰ってくるわけじゃないのに、今から頑張ったって無駄だ。

 頑張るタイミングはもっと前だったはずだろう、と彼女の指輪を見てどうしようもない気持ちになる。


「ねぇ、ゆら。何がしたいの、これ」


 ゆらがどうして、そこまでして瀬名さんのことを好きだったのか私には理解ができなかった。裏切り者のクソ男なのに、それなのにどうして愛することをやめなかったんだろう。彼女の答えはもう聞けないのに、私は自分の好奇心が抑えられなかった。




 ゆらの母親にお願いして引き出しに入っていた三つのものを引き取らせてもらった。私は実家に帰り、そのままベッドにダイブして愛用していた大きなクマの抱き枕に抱き着く。

 私は自然と最後のメモに書かれていた電話番号をキーパッドに打ち込んでいた。コールマークはなかなか押せず、私はベッドの上で左右にごろごろと転がり奇声をあげる。結局勇気は出ないのだ。

 わざわざ連絡先を書いてあるということは、ゆらの知り合いに間違いないと思う。だけど、私は今回のことに首を突っ込んでいいのか分からなかった。私は結局ゆらの友達にすぎないし、なんなら死んだことも人づてに聞いたくらいの、そんなレベルの仲だ。知りたいのだってただの野次馬根性だし、それに。


「よし、お風呂入ってご飯を食べようっ」


 ゆらはどうして私に鍵を渡したのだろう。

 知ってほしかったのかな。気づいてほしかったのかな。

 私は自分の部屋を出て階段をおりた。私が帰ってくるからか珍しく豪華な食卓にテンションをあげて、私は椅子に腰かける。母親が手伝いなさいよ、と文句を言って、父親がこっそりと冷蔵庫からビールを取り出していた。

 本当のことを知って幸せになれるとは限らない。このまま逃げたほうが楽だし、ゆらのことを忘れて生きていく方がきっと正解なのだと思う。


「うわぁ、この唐揚げ美味しいっ」


 お茶碗の中のご飯を食べ終えて、母親に「おかわり」と差し出す。幸せなこの空間が、私にとっては苦しかった。

 貼り付けた笑顔はいつか、簡単に崩壊してしまうと思った。


 

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