6 カーネーション

 線香をあげたあと、笹原ゆらの母親に案内されて彼女の部屋に入った。高校を卒業してから年に数回しか返ってこなかったらしいけれど、彼女の母親の掃除が行き届いているからか綺麗なままだった。小学生のころから使ってるだろう勉強机、子供向けアニメのシールが貼られた箪笥。ゆらが好きだとよく言っていたバンドのポスターが壁にたくさん貼られていた。

 もうすぐこの部屋を片付けるらしく、欲しいものがあったら言ってくださいねと母親はそう言ってお茶を淹れてくると部屋を出ていった。

 勉強机の引き出しの中には、彼女が小学生や中学生のころに使っていた道具がたくさん出てきた。裁縫セットや、彫刻セット、おどうぐばこ自体がそのまま収納されていたりもした。


「あ、れ」


 ふと気が付いたのは、勉強机の引き出しの中でひとつだけ、鍵がついたものがあったこと。私が使っていたものにも鍵はあったけれど、わざわざ鍵をかけるなんてよほど大事なものが入っているんじゃないかと思った。

 ゆらの母親にそれを聞いてみると、鍵は去年の大掃除のときまではかかっていなかったらしい。その期間までに彼女がこの家に帰ってきたのは五月の母の日のたった一度で、彼女はその日きっとこの中に何かを入れて鍵を閉めたのだと思った。


 そして、私の背筋は凍り付き、自然と頬は緩んでいた。




「ねぇ愛莉、聞いてよぉ。また裕太がね遊びに行く日ドタキャンしたんだ~」

「うわ。っていうかよくそんな男と付き合ってられるよね。別れれば」

「え~だって好きなんだもん。裕太はなんだかんだ用無しになったあたしとも付き合ってくれてるんだよ。優しいじゃん」

「それって優しさじゃないでしょ。ただのキープだよ」


 どうしてそんな最低な男が好きなのか、私には理解ができなかった。ゆらはとても可愛くて、彼女を好いてくれる人なんて探せば山ほどいるはずなのに。


「今までね、付き合う男って口ばっかだんだったんだよね。好きとか愛してるとか~」

「今の彼氏もそうじゃないの。だって他に女がいるんでしょ」

「でもね、本気なのはあたしだけだっていうんだよ~」

「そんなの……」

「裕太が身も心も奪われて、他の女に現を抜かすようだったらさ、きっとあたしね」


 大きめのジョッキに満タンに入ったビールを飲み干して、彼女はもごもごと何か言ったあと喋らなくなってしまった。すやすやと寝息を立てて机に顔を伏せるゆらは、笑っているようにも、泣いているようにも見えた。

 浮気してる男のどこがいいのか、理解はできなかった。自分だけ好きになってほしい、ゆらだってそう思っているのにどうして許せるのか分からなかった。

 彼女の欠点すら許せる優しい男と幸せになってほしいのに、私は上手く言葉にできずにレモンサワーをごくんと飲みほした。


「そろそろ、閉店時間だって。ゆら、帰るよ」

「……んー、もうそんな時間?」


 ゆらの意識がもうろうとしているのは分かったけれど、私は彼女の腕を掴んで立ち上がった。意識のない人間は思っていたより数段重かった。呼んだタクシーに彼女を無理やり乗せ、隣に座る。いまだに彼女の意識は夢の中みたいだった。

 

「愛莉、これ」


 もうすぐゆらの家に着くタイミングで、彼女がもぞもぞと起きてきて私の手をぎゅっと握った。


「なにこれ、鍵?」


 ゆっくりと手が離れたあと、私の手に残ったのは小さな鍵だった。

 彼女はただ「ふふ」と笑うだけ。何の鍵なのか、どうして私に渡したのか、何も教えずにタクシーを降りて帰宅した。普通のよく見る住宅の鍵よりは少し小さめの、古い鍵。酔っぱらって何も考えずに渡してしまったのだと思って、今度会うときに返そうと思い、私はそのまま自分のキーケースの中に片づけた。

 

 それが、彼女が死ぬ二週間ほど前、五月の末のことだった。

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