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32 ミルキーピンク
私は一体何を求めていたのだろうか。
苦しげな表情を浮かべる彼を目の前にして、言葉がうまく出てこなかった。彼が教えてくれたゆらの話は私の想像の範疇を超えていたし、結局ゆらが私に鍵を渡した理由は分からずじまいだ。
椎名ゆらという少女は、もういない。彼女に何か復讐を誓う心があったのであれば、酔って私に瀬名裕太との惚気話なんてしないだろう。浮気されてもいいの、仕方のないことだから。それでもあたしは裕太のことが好き。彼女の言葉を思い出せば思い出すほど、彼女の甘ったるい嘘に騙されていたことに気づく。あれはSOSだったのだろうか。もう苦しくて逃げたいよって言葉だったのだろうか。分かんないよ、そんなの。察せないよ、そんなの。
目的は分からない。ゆらが最後になにをしたかったのか、何を求めていたのか、残した指輪の意味を私は知りたかっただけなのに。
ただ、純粋に瀬名裕太のことを愛していた事実だけが残るなんて。
「生まれ変わっても、もう一度あなたに恋をします。って言葉あるじゃないですか」
「……え」
「私はその言葉、信じられないんですよね。だって嘘になるかもしれないじゃないですか」
「まぁ、俺も99パーセントは無理だと思いますけど」
「ですよね。私も、そう、思ってるんです。ずっと」
瀬名裕太を騙して近づいたゆらの気持ちだったり思考はもう誰にも分らない。だけど、残された指輪から私が感じ取れたのは瀬名裕太への強い愛だけだった。手放さなければならないけれど、手放せない葛藤と、もうひとつの彼の本性である人格のことを考えると、さいごにゆらが頼ったのは私だった、ただそれだけのことだ。
残されたあの写真の女の子と、連絡先にあった三好さんを私はゆらを死に追いやった人間だと思い込んでしまったけれど、結局は彼らは私の暴走を止めるためにゆらが用意したブレーキをかける材料にすぎない。
私がもしすべてを忘れて自由に生きていきたいのであれば、それがゆらの望むことである。三好さんはあの日、そう言った。
落ち着けばそんなことは分かる。ゆらは怒りを買っている人間の懐に嘘をついて潜り込んでいたのだ。彼女が椎名ゆらだということがばれたあとも逃げることはできたはずなのに、彼女は自ら逃げることはしなかった。どうしてだろう。
好きだったから。瀬名裕太を愛していたから。それとも責任を取りたかったのだろうか。
話を聞けば聞くほど、どちらが被害者で加害者なのか分からない関係で、私は正直二人の関係をうまく咀嚼できなかった。ただ、瀬名裕太の怒りはまだ残っていたし、瀬名裕太がゆらを愛していたことには変わりがない。
綺麗な矛盾だと思う。好きなのに殺したいほど憎んでいる。ゆらも、おんなじだったのだろうか。
「三好さんにお話しを聞きに行こうと思ってるんです」
「……三好って?」
「この写真に写ってる女の人、杏奈さんでしたっけ。その人の付き人さんです」
「ああ、ゆらと関わりのあった」
「瀬名さんも来ますよね」
「え」
瀬名裕太が驚いたように顔をあげてこちらを見る。
ゆらの死の真相を知っているのはきっとこの人だけだし、知らないほうがいいと言う三好さんのことも十分理解したつもりだけど、もう後戻りできなくなってしまった。
「ゆらのこと、信じてあげてください。私は、ゆらを助けてあげられなかったけど、ゆらはきっと瀬名さんを救いたかったんだと思うんです」
「……ははっ、ゆらはちゃんと俺のこと憎んでますよ」
私は彼の手をぎゅっと掴んで力強く握りしめた。
逃げるのは許さないと言わんばかりに、強く、強く。
「私は逃げません。ゆらはどうして死んでしまったんだろう、それが誰のせいでも、誰のせいじゃなくてもいいんです。ちゃんと理由が知りたいです。瀬名さんは結局知りたいって言いながら怖がってるだけでしょ。ずるいですよ」
「そんなの分かってます。当たり前じゃないですか、お前のせいで死んだんだよって言われる可能性を考えただけで俺は正常な俺を失うから」
「なら、そのときは正常な瀬名さんを失ってください。冷静さを欠いても、いつかは私たちは現実を受け入れなきゃいけなくなります」
呼吸をする。決意をする。それは一緒のことだった。
「瀬名さんが罪悪感で潰れて何もできない廃人になったとしても、私はそばにいます。ゆらが私に望んだことはきっと、そういうことだと思うから」
瀬名さんは否定したけど、やっぱり瀬名さんは二人いるように見えた。
今私の目の前にいたのはゆらを愛してやまない優しい作られた瀬名さんに見える。泣きそうな表情のままこくりと頷いて、私の手をぎゅっと強く握り返す。私たちはゆっくり前を向いて歩いていくことを決めたのだ。
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