31 スプリングタイム
「あたしたち、別れよっか」
終わりはさくっと、ゲームクリアおめでとうみたいな感じで画面にばーんと出てきた。衝撃的過ぎて俺は口をパクパクさせたまま、目の前の笹原ゆらの笑顔をただ茫然と見ているだけだった。
なんで、とも、どうして、とも何も言えなかった。終わりってそういうものなのだろうか。久しぶりに会いたいと連絡が来て、嬉しくてすぐに返信をした。
もちろん復讐のことも頭の中で色々と巡り巡っていたはずなのに、ゆらを愛してる自分が彼女からの連絡でみるみる元気になったのだ。俺の感情は大忙し。これで終わりなのか、ゆらは結局何がしたかったのか、引き留めて聞けばよかったのに俺は何もしなかった。
「ちゃんと許さないから。安心してね」
彼女の最後の言葉はどれを言っているのか、分からなかった。
恋人の俺が他の女の子を利用して復讐を企てていることだろうか。それとも、彼女にはそれが浮気に見えたのだろうか。
そもそも、なんで、ゆらは俺と付き合ってくれたのだろうか。
分からない。分からないという現実と、ショックで頭がおかしくなりそうだった。
三宅杏奈からの連絡はちょうどそのときで、俺は頭がおかしくなったまま彼女に会って、そして感情をぽろぽろとこぼしてしまった。そのとき、やっぱり俺は冷静ではなかったのだと思う。
「大丈夫だよ。裕太くんにはわたしがいるじゃん」
それは悪魔の囁きだった。三宅杏奈が悪いわけじゃない。きっと、俺が悪いわけでも、笹原ゆらが悪いわけでもないのだと思う。誰かが悪くて、誰かが自己犠牲の優しさを共有してくれるわけでもない。みんな自分の目的のために人を利用して、そして終われば簡単にごみ箱にポイなのだ。俺もそちら側になっただけ。ただそれだけだった。
「そうやって、ゆらはまた俺を裏切るんだ」
椎名ゆらは俺を裏切った。妹を見殺しにして、大人になったあとも洗脳されたいい子の俺を見てきっと嘲笑っていたのだろう。
さぞ滑稽だったと思う。俺が本気で好きになってアタックする姿勢をきっと彼女は心の中で大爆笑していたのだろうから。
「ゆらが何考えてるか知らねえけど、お前も都合のいい人形されてるだけだろ」
俺は冷静ではなかった。優しく介抱してくれた三宅杏奈の首をしめるぐらいには、頭がおかしくなっていたのだ。いや、違う。この子に早く俺の元から去ってほしかったのだ。言葉では伝わらないと思ったから。
みんな自分の利益のためなら簡単に人を利用できる。彼女が善人だからこそ、これから俺と付き合うことで苦しむことは目に見えて分かっていた。目的は達成できただろう。彼女は号泣しながら逃げていった。それでよかった。
俺はもう何もできないし、いい子のあの頃の俺にもう戻ることもできない。ぷちっと頭の回線が切れてしまったのだから。
三宅杏奈にも選択肢がある。俺じゃない別の誰かと幸せになる選択肢、王子様に慰めてもらって気持ちを伝える選択肢。
ハッピーエンドは目の前に、行動次第でどうにでもなるんだから早く動けや、と俺は冷蔵庫の中の酒を漁りながらため息をついた。
■
「こんばんは、裕太」
その日、俺は二度と忘れることはできなくなるくらいの優しい声で彼女に語りかけられた。
「大好きだよ。ばいばい」
インターホンで彼女がそう言葉を残して、俺は急いで家の扉を開けた。でも、そこにはもう誰もいなくて、外を探したけれど声の主の姿はどこにもなかった。
届いたのは彼女の訃報。
笹原ゆらが死んだ。俺に好きだと言って死んだ。
忘れられない恋が俺の心臓の奥に残り続ける。一生。
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