30 オールドラズベリー
目が覚めたとき、全ての計算が狂っていくように、俺も悪魔に地獄に突き落とされた。悪女は笹原ゆらだけではなかったみたいだ。
裸ですやすやと俺の隣で眠る彼女と、床にたくさん散らばった酒の缶を見て、頭痛が酷くて考えることを放棄した。俺がどれだけ計算して利用しようとしても、相手だって人間だ。俺の思い通りに動いてくれない。
自分の幸せなんかより、目的のために動く。三宅杏奈も俺と同類だった。
俺がもう一度目を瞑って現実逃避している間に、彼女も目を覚ましたらしくシャワーを浴びに部屋を出ていった。
俺は一旦近くに脱ぎ捨てていた服を着て、冷蔵庫に入っていたペットボトルを一気飲みした。大きく欠伸をして腕を一回転させる。脳は冷静に、俺の意識を保っていた。
三宅杏奈の行動は想定外ではあったけれど、俺はそれも利用するべきだと考えた。ゆらへの復讐は、俺のこの意思のまま遂行していく。彼女が美咲のことを忘れて幸せに暮らすことは許されない。俺の恋人として嘘偽りの笑顔で接するあの気持ち悪い感覚に、もう俺は耐えられないのだ。
何もなかったかのようにベッドに戻り、今起きたばかりの表情を彼女に見せる。声はいつもより少し低く出た気がした。
「お前さ、何の目的で俺に近づいてきたわけ?」
優しい裕太くんを理想に抱くなら、きっと本当の俺は彼女にとって害悪でしかない。うちの親もそうだった。あの病院の先生も、友達も恋人も。理想で塗り固められた瀬名裕太という人物が好きなのであれば、俺は彼女に逃げ道を用意することが可能だった。
「お前、こいつの何? こいつの恋人はゆらだろ。浮気相手?」
俺は人格が二つあるわけではなかったけれど、そう誤解させるには十分すぎるほど歪んだ性格をしていた。もちろん優しい俺は、俺が十数年間かけて作り上げてきた最高傑作だと思う。三宅杏奈の復讐の遂行が俺を堕とすことなのであれば、ちょっとの揺さぶりでいい。彼女からゆらのことはこれ以上聞きだすことはできないだろうし、これで逃げてくれるならそれが正解だと思った。
「なぁ、お前。死にたい?」
彼女は驚いた表情でこちらをじいっと見る。か細い声で「だれ」と尋ねる。俺はどう返せばいいか思考して「お前の知らない瀬名裕太」と返しておいた。というか、きっと誰も知らない。必要とされていないほうの瀬名裕太。
意識が飛びそうになるまで彼女を蹴り潰したのは、あの日と同じ感情だった。裏切りは許されないのだ。どんな目的があろとも、作り上げられただろう事後のホテルの室内を見て俺はため息をついた。
人を騙すのであれば、もっと用意周到に完璧にしなければいけないだろうに、このお嬢様は何にも知らずに優しい裕太くんならすぐに騙されてくれると思っている。
とても可愛い馬鹿だと思った。
□
彼女の目が覚めたとき、何事もなかったかのように接してみた。
すると、彼女の行動は俺を恐れて逃げるわけではなく、あの化け物は消えたんだと安心したばかりに綺麗に嘘をついた。「ねぇ、責任とってくれるよね」
彼女の作り上げた既成事実にはもちろん気づいていたけれど、あれだけの恐怖にも屈せずにゆらへの復讐だけで俺に近づこうとする強い心に俺は少し惹かれていたのかもしれない。正直な話、彼女が好意を寄せる使用人の男がゆらと接触しているみたいだったから、手放したくなかったのだがそれは別の話。
俺は彼女に洗脳された演技を続け、彼女の犬になる。俺は自分の感情に正直に、自由に生きることができるようになって、三宅杏奈という女の子を騙すことにも躊躇がどんどんとなくなっていった。
そもそも、もう後戻りはできない。彼女は俺の正体に気が付きながらも知らないふりを続ける。いや、びっくりしすぎて記憶が飛んだのかもしれない。
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