10 オペラモーヴ
「これ、杏奈だね」
ゆらの部屋から出てきた白い封筒に入った写真を三好さんに見せると、彼はそう答えた。数枚の写真にはすべて同じ女の子が映っており、ゆらには劣るが結構な美人で、画角的には盗撮されているようにも見えた。
杏奈、という名前は、もちろん聞いたことはない。
「三好さんの知り合いですか?」
「うん。僕の好きな人」
にやりと笑ってこちらを見た三好さんに、私は思わず目線を逸らしてしまった。
ふと、目に入った瀬名さんとの仲睦まじい様子の写真に、そういえば、と私は口を開く。
「この写真を見て、私は瀬名さんの浮気相手だと思ってました」
「んー、ご想像通りだと思うけど」
三好さんがその写真を拾って鼻で笑いながらそう言った。
「その、杏奈さんっていう方にお会いしたいんですけど。三好さんからご連絡取れないですか?」
「杏奈とは関わらないほうがいいよ」
「どうしてですか」
「だって君、今にも殺してやるってぐらい殺意丸出しじゃない。危ないよ」
勝手に頼まれた珈琲を口にするけれど、苦くてちょっとしか飲めなかった。私は彼の忠告に窓にうつった自分の顔を確認する。感情はわりと落ち着いているはずなのに、表情には出てしまっていたのだろう。怒りというものは、簡単には隠せるものじゃなかった。
「危ないよって忠告してるのは君にだよ。僕はゆらちゃんが君に復讐なんて望んでないと思う」
「じゃあ、どうしてゆらは死んだんですか。死ななきゃいけなかったんですか」
「それはゆらちゃんが決めたことだから、僕は知らない。もし知ってたとしても、君には言わないよ」
三好さんはそう言って、伝票を持って席を立った。私も慌てて荷物をまとめて彼の後を追った。
会計を済ませた三好さんは、店を出たあと私を見て「ごめんね」と言った。何がごめんなのか分からなくて「何がですか」と聞き返すと、彼はやっぱり何も答えてくれなかった。
「ゆらちゃんが死ぬ前にね、君に僕の連絡先を伝えてもいいかって聞かれたんだ」
「……ゆらが?」
「僕はゆらちゃんが君に復讐を望んでないことを知ってる。それでも、君がどうしても苦しくて辛いんだったら僕がその隙間を埋めてあげるよ」
三好さんはそう優しく微笑んで、私を抱き寄せた。
□
目が覚めると、そこはホテルのベッドの上だった。
起き上がって辺りを見渡すと、窓の外を眺める三好さんの姿があった。がさごそと動いた音に気が付いたのか三好さんが私に気づいて「おはよう」と声をかける。私は上手く言葉を発することができなかった。
「君は珈琲あんまり飲まないんだね。薬入ってたの気づかなかった? 危険だよ、そんなんじゃ逆に殺されちゃう」
「……なんで」
こんな状態なのに私は拘束されることなく、服を脱がされることもなく、ただ眠らされていただけ。この人が何をしたいのか分からずに、私は戸惑った。
「君が全部忘れるならさ、僕が君を幸せにしてあげるよ」
「こんなことしといて、ご冗談を」
「ゆらちゃんがわざわざ僕を頼るってことは、そういうことだと思ったんだけど」
三好さんがこちらに近づいてきてベッドに座る。私の首のあたりの皮膚を優しく撫でて、くいと親指で私の顎をあげた。
「ゆらは私の嫌がることをしません」
私は彼の手を払いのけて、ベッドからおりる。荷物を持って部屋を出ようとしたとき、
「ごめんね、僕は杏奈の犬だから」
頭を勢い良く地面に打ち付けられて、私は意識を失った。
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