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11 ウォーターメロン
「今日は本命とのデートの日じゃなかったの?」
「……うるさい」
反抗期の子供みたいな反応、最初はそう思った。それが彼女がおかしくなった日のこと。履いていたパンプスを適当に脱ぎ捨てて、そのままずかずかと僕の部屋に入り、彼女は無言で冷蔵庫を開けた。まだ午後二時だというのにお酒を取り出して、家主の僕の許可なんかとらずに間のふたを開ける。相変わらず三宅杏奈という女は横暴で我儘で、自己中心的なお嬢様だった。
350ミリの缶を二本ほど開けたあと、飲み切った缶を勢いよく僕の方に投げてきた。彼女のよくある酔い始めの症状の一つだ。僕は投げつけられた缶を拾ってゴミ袋に入れ、彼女を介抱するようにベッドに運ぶ。ふわふわした意識の中で、彼女はひとりの名前を呼んだ。「笹原ゆら」と。呪ってやると言わんばかりの低い声で、彼女は確かにそう言った。
□
「ねぇ、さっき言ってた笹原ゆらって誰?」
「……っ、別に誰でもいいじゃん」
「連絡もせずに勝手に人の家に来て、勝手にお酒飲んで、勝手に酔いつぶれた誰かさんがそんなこと言えるんですか~」
「……いや、それは申し訳ないとは、思ってはいるけれど。わたしとあんたの仲じゃん、いいでしょ。それくらい」
「都合のいい男なら、何してもいいってこと? 杏奈はそこまで常識がない?」
僕が圧をかけると、彼女は気まずそうに目を泳がせて、唇を噛んだ。
「彼氏が笹原ゆらっていう女にとられたの。好きな人ができたから別れてほしいとか言ってきたから、誰って聞いたらそいつだって」
「ふぅん、杏奈はその女の子が彼氏を寝取ったんだって思ってるってこと?」
「いや、分かんないけどさ。でも、思い出してみたらあの女この前もわたしの彼氏に色目使ってたし、そもそも前の彼氏もあいつのこと可愛いとか言ってたし」
溢れんばかりの彼女の愚痴に、僕は自然と真顔になる。わりといつものことだったから、僕はそうなんだ、と適当に相槌を打った。
「でね、言ったの。笹原ゆらに。わたしの彼氏に色目つかうのやめてくれる?って」
「うん」
「そしたらあいつね、「あたし彼氏いるから、そんなことはしてないです」だって。はあああああああ、意味わかんなくね?? むかつくっ」
僕の愛用のアザラシ抱き枕を杏奈は問答無用でベッドに叩きつけて怒りをぶつける。僕はため息をつきながら、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してコップに注ぎ、彼女に渡した。受け取った彼女は一気飲みしたあと、まだ怒りが収まりきらないのかベッドの上で笹原ゆらの愚痴を言い続ける。僕はその愚痴を聞きながら、パソコンを開き、BGMがわりに仕事を始めた。
「そうだ」と、杏奈が嬉しそうな笑みを浮かべたのがすべてのはじまりだった。彼女の思い付きで何かがいい方向に向かったことなんて今までなかったんだから、もっと早く気付くべきだった。
「笹原ゆらの恋人をとってやったら、あいつもちょっとは痛い目を見るんじゃないかな」
まるで子供のような笑顔に、僕は心底呆れて、そして可愛いと思ってしまった。
上手くいくわけがない、と高を括っていたからだ。あの日の僕は杏奈の人脈を甘く見ていたし、本気で行動するなんて思ってもみなかった。また、結局上手くいかずに今日みたいに泣きついてくるものばかりと思っていた。
僕は知らなかったんだ。もっと早く気付ければよかった。
瀬名、という男がやばい奴だってことに。
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